2009年5月25日、児童精神科医・渡辺位さんが心筋梗塞のため、他界された。享年83歳。現象にとらわれるのではなく“命”そのものを見つめること。渡辺さんが訴えてきたことは、不登校・ひきこもりを考えるうえでの“源流”に、ほかならないだろう。FonteHPでは、哀悼の意を表するとともに、その訴えの本質に少しでも触れるべく、追悼特集を企画した。
09年7月特集-追悼・渡辺位さん
- ■ 追悼特集「不登校は文化の森の入り口」
-
1998年、本紙創刊間もなくのころ、元児童精神科医・渡辺位さんへインタビューをした。その内容を掲載する。
――児童精神科医になった理由から教えてください。
学生のとき、小児科に興味をもち、子どもにもかかわりたいと思いました。国府台病院(千葉県)でインターンをしたら、児童精神医療の部門があったので、そこに進みました。精神医療に進んだのは、血を見たくないという理由もありました(笑)。
- ■ 追悼特集「不登校を生きる」
-
1999年不登校新聞社秋の集いで開かれた渡辺位さんの講演録を掲載する。渡辺さんは、「不登校を生きる」というのは、子どもをどう生きさせるかということではけっしてなく、大人の生き方が問われることだと語っていた。
- ■ 追悼記「人生の道標、北極星だった」石川憲彦
-
「生き物としての子どもが、生き物としての原則に沿って育つという、子ども自身の自然が歪められ壊されていっている」。
渡辺さんが84年に著された、『児童精神科』の一節です。日本の子どもたちが――そしてそれゆえ大人たちも――苦しむ現況を、渡辺さんは「生き物としての不自然さにある」と看破されました。そして、人間の自然と生き物の原則をとりもどしていく希望は、治療にではなく共生にあることを、医療を超え、自らの生き様を通して生涯、示し続けてこられました。 - ■ 渡辺位さん最後の講演「親の会、25年に思う」
-
登校拒否を考える会25周年の講演録。渡辺位さんの最後の講演となった。
25年をふり返って思うのは、まず不登校問題はある意味で社会に位置づけられたのかなということです。全国でさまざまな親の会が開かれ、登校拒否・不登校を知らない方が、あまりいらっしゃらなくなりました。もちろん、登校拒否が持つ深い意義や問題性についての理解は、まだまだ不充分なところはあります。


