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2009.06.22

石川憲彦さんインタビュー

石川連載バナー  1993年『子どもたちが語る登校拒否から~402人のメッセージ~』が刊行された。まだ、不登校について当事者が語りづらかったときに、これだけ多くの声を掲載したため、注目された。この本を編集したのは内田良子さん、石川憲彦さん、山下英三郎さんの3名。現在も不登校に関わり続けている。いま不登校が置かれている現状は、93年と比べあきらかに変わった。不登校はどう変わったのだろうか、あらためてお三方に話をうかがった。   (聞き手・奥地圭子) ――不登校との関わりはいつごろからですか?  私が子どものころは、まだ学校も牧歌的で、楽しい場所でした。しかし、私は1973年に小児科医になりましたが、そのころから、病院に来る子の半分ぐらいが、学校は楽しくないと言っていました。あるとき、小学生の男の子が、「僕は学校休んでよかったよ。学校休んで、僕は人格ができた」と言ったんですね。その言葉には、つくづく、考えさせられました。  それでも、私は、学校なんて無理して行くところじゃないと思う一方で、学校を自分たちに取り戻す必要がある、生きる原点の場として子どもたちといっしょに取り戻していきたいとも思っています。 ――登校拒否・不登校とはどんな問題だと思われますか?  私がしばらく住んでいたマルタという国では、4人に1人が中学校に行っていませんでした。むしろ、「よく休んだ」という雰囲気さえある。世界の多くの国にとって、学校は植民地支配者が運び込んだ文化なんですね。学校は、人間の生き方を、アメリカ・イギリス型のかたちに縛っていくものでもある。  人間には、誰しも、いろんな部分があって、それを受けとめる寛容さが社会にあれば、安心して生きていけます。でも、社会がある価値以外の部分を否定したら、その否定された部分は自分のなかで押し殺すしかない。それは耐えがたいことです。  日本は高度成長期に工業化によって豊かになりましたが、それは、人間をモノのように扱う時代でもあった。そして、90年代からは、「不登校は誰にでも起こりうる」と言いつつ、いろんな子どもを「病名」によって分けるようになりました。IT産業の時代は、人間を、その実体ではなくて、その人が表に持っている価値=「個性」で評価する時代です。行政までが「個に応じた教育」なんて言いだしましたが、子どもにしたら、ずっと見はられているようなもので、これは非常にきついです。  日本では、大人が自分に学歴がないというコンプレックスから、子どもを学校にやろうとしてきた。しかも、学校は、公務員・サラリーマン的な人間を育てることばかりを目指してきた。だから、子どもが、自分の生き方について考えることを早くに奪われてしまって、すごく狭いところに追い込まれている。  しかし、いま、ようやく、大学の価値がなくなっていることを、親が感じ始めています。いまや大学の価値が保証されるのは、1割程度だけです。そうなると、高校進学の意味も変る。本当は、そういう状況を先取りして、小中学校での教育の意味の見直しをしないといけないわけです。  親たちの意識は、いつも10年遅れるんです。自分の体験から考えてしまうから。  戦後の学校が楽しかったと言いましたが、当時だって、大学進学率は1割程度でした。でも、当時は、残り9割のほうが仲間で、大学を目指すようなヤツは特殊だったんです。ところが、いまは、9割のほうに仲間意識がなくて、みんな不安で疑心暗鬼になっている。周囲を見て、必死に学校にしがみついてる状況です。

病名が人間を締めあげる

――ひきこもりや障害について、どう思われていますか?  ひきこもりについては、むしろ、明治以来、ずっと人間が社会にかり出されてきたことのほうが問題なんです。達磨大師ではないですが、人間は、こもることに意味を持ってきたんですね。その価値が先取りされているという点では、ひきこもりも、ニートも、すごくいいことだと思います。ただ、現実問題として、どう切り抜けるか。そこは、いろんな知恵が必要でしょうね。  発達障害についても、なぜ急に、この10年ちょっとで問題になったのかを考えないといけない。たとえばADHDは「多動」を問題にしているわけですが、自然のなかに生きていたら、常に危険を察知するために、物事に集中してはいけないんです。集中する人間は、本来の生物としては劣っていると言える。人間の生きるありようを狭く締めあげるほどに、病名は増えていくわけです。 ――学校復帰策の強まりをどう思われてますか?  90年くらいまでは、学校至上主義から来る登校圧力でした。いまから考えると、それは、まだ脳天気だったと言えますね。崩れているものを直視しないで、信じていたわけですから。いまは社会不安が共有されてしまっています。日本社会自体が求心力を失って、求心力として、教育基本法改正や憲法改正、ナショナリズムを求めて、それが長田塾なんかの問題にもつながっている。  しかも、社会が共有性を失って拡散するなかで、市民活動もバラバラになってきている。今後、みんなで考えるような基軸が生まれてくるまでは、キツいんじゃないかと思っています。9割の人たちがバラバラにならないためには、どうしたらよいか。これは、もうちょっと貧しくならないとダメかもしれませんね(笑)。いまは、必死で守っていますが、貧しさは怖くないと居直れば、展開も変わるかもしれない。 ――最後に200号へのメッセージを  200号継続してきたのは、すごいと思います。少数派のしんどさはあるでしょうけれども、本当は、どんな人も個人としては少数派なんです。今後は、ネットでの展開を考えるとか、そういう方向性も模索できたらいいですね。 石川連載バナー