――眠りの誕生はいつなのですか?
 厳密にそれを知ることはできませんが、眠りらしい眠りが確認できるのは、大きな脳と高い体温を持つ鳥類とほ乳類です。昆虫、魚、貝などは、活動が停止しているのか、眠っているのか、よくわかりません。脳波を調べてもほとんど変化がありませんからね。
 眠る動物たちの脳は活動レベルが高く、重要な役割を担っていますが、連続運転するとすぐにオーバーヒートしてしまいます。大脳は進化の過程の最後に出てきた「新製品」で、まだ構造がもろいんです。この大脳を守るため、あるいは正常に活動させるために、開発されたのが「眠り」です。眠りは、よりよく脳が働き、よりよく休むための管理・調整をしていると言えるでしょう。

――外敵のことを考えると、眠ることは危険ではないでしょうか?
 おっしゃる通り、眠ることはある意味で「命がけ」の行為です。ただし、眠らなければ絶対に死んでしまいます。どうしてそうなったのか? と聞かれれば、そうなったんだからしかたがないとしか言いようがない(笑)。
 しかし、どうしたら安全に眠れるか、という技術を動物たちはさまざまに編み出しています。イルカは水中で眠るため、右脳と左脳が交互に眠ります。ヒトも危険な状態では、ある程度、長く起きることができますし、長い不眠状態が続けば「数秒間だけの眠り」をくり返して、生き延びようとします。特殊な状況だけでなく、短眠の人もたくさん眠る人もどちらにも長寿の方がいます。

◎ 昼夜逆転問題なし

 人間本来の持っている性能とはちがいますが、昼夜逆転の生活の人がいたとしても、本人が安定していれば、それはそれでいいわけです。私たちの眠りはいかようにもカタチを変えられる、いわば高等なテクニックなんです。自分の脳を信じて、自分にあった寝方を考えるのがいいと思います。

――未来ではヒトの眠りは変わっていくのでしょうか?
 ある程度、状況に順応しながら変わっていくだろうと思います。ただ、20世紀の技術文明は、たいへんなストレス社会をつくりました。技術文明は、夜を明るくし、いつでも物が食べられるようにし、、水道もガスもお店も24時間営業にし、非常に便利な文明社会をつくったと思われています。暮らしだけではありません。できるだけ休みを削って働くことも求めました。
 しかし、それは結果として多くの睡眠障害が発生するというツケを残したのです。つまり技術文明のなかで、先に壊れたのは私たちの脳でした。睡眠障害は、この社会が人間の脳に合った仕組みではないということを現しています。人間の「かくあるべし」という浅はかな考えが反自然・非自然の発想だったわけです。できるだけ眠らず休みを削ろう、「睡眠がこうあってほしい」という発想自体、自己否定ですらあり、大脳が考えるレベルとしては愚かだと言えます。

――休みに価値を認めないのは不登校と通じるところがありますね。
 まわりの価値観にふりまわされず、自分自身について考え、自分なりの哲学をつくるためには、不登校という時間は恵まれているだろうなと思います。私自身、高校1年生のとき、結核で1年間、休学していました。そのあいだ、運動はもちろん、ありがたいことに「勉強もしちゃいかん」と言われ、たくさんの本を読む時間と考える時間に恵まれました。
 不登校をするなかで、自分の脳ミソを純粋培養するような、そういう充実した内面生活を送ることが、場合によってはできると思います。そういう時間を送っているときは「何時間ぐらい寝たほうがいいか」なんてことは、まったくとらわれなくていいわけです。
 世のなかでは、だいぶネガティブに捉えられてしまう不登校ですから、本人はめいってしまうこともあるでしょう。けれども、生き物はそんなにムダな時間を長々と続けないものです。
 1日「8時間睡眠」の人が多く、その人たちは人生の3分の1を眠っていることになります。その時間がムダなはずがありません。そこにはまわりの価値観では計れないポジティブな意味があると思っています。
――ありがとうございました(聞き手・子ども編集部)