
今回は、CAPの取り組みなどで知られる森田ゆりさんに、おもに性的虐待についてを柱としながらお話をうかがった。
――森田さんは、日本での虐待の定義は狭いとおっしゃっていますね?
日本では、虐待の定義を保護者からの虐待に限定していますが、これは国際的にみれば異例のことです。
以前は虐待の定義はなくて、児童福祉法(34条)がもとになっていたんですが、これは戦後まもない時代状況のなかで、親が子どもに労働させるとか、性的な行為をさせて稼ぐとか、そういうことを防ぐための規定だったわけです。
児童虐待防止法で、2000年にようやく児童虐待の定義ができましたが、この法律でも、虐待は保護者からのものに限定されています。昨年の改正でも、いまだ、この限定は外されていません。国会議員どころか、実務レベルにいる人たちすら、必要性を感じていないんです。
現在の定義で、いちばん困るのは性的虐待です。いわゆる4つの虐待(身体的、心理的、性的、ネグレクト)のうち、性的虐待は、加害者が保護者ではないケースがいちばん多いんですね。日本には調査がありませんが、国際的なデータをもとに言えば、性的虐待の加害者が保護者である割合は20%に満たない。残りの80%は、子どもがよく知っている、さまざまな大人、たとえば教師、スイミングコーチ、隣のおじさんなどで、特定はできません。そして、圧倒的多数が男性です。
子どもがよく知っている人たちが、その信頼関係を逆手にとって虐待しているわけです。いまの日本の定義では、8割の性的虐待に対応できない。
先日の奈良・女児殺害事件はすごく報道されていますが、見知らぬ他人が加害者というケースは、数値としては、まれです。
◎まずは子どもを信じてほしい
――性的虐待は表面化しにくいと言いますね。
実際に問題が起きたとき、そのことを認めてしまうと、めんどうなことがたくさん起きてくるから、親の側は、つい気づかないふりをしたり、無意識に避けたり、あるいは「まさか、そんなことが」と思って取り合わない。そうすれば、日常生活は、これまでどおり続いていく。
だから、性的虐待の加害者がどういう人に多いかという情報は、重要な情報だと思います。
――子どもからすれば、二重に裏切られてしまうわけですね。
そうなんです。だから、子どもがもし、性的虐待を受けているようなことを言ってきたら、事実はどうかわからなくても、まずは子どもを信じてほしいんです。これは、すごく重要なことです。
――対処は、どのように考えたら?
長崎で12歳の少年が幼児を殺害した事件は、考える糸口になると思っています。あの事件には二つの側面、異常性と一般性があります。
異常性というのは、あの少年が幼児を殺害したということです。これは異常なことで、そうひんぱんに起きることではない。それを、「いまの子どもは」と一般化してしまって、その雰囲気のなかで厳罰化がはかられている。厳罰化では何も解決しません。
もうひとつの側面、一般性はといえば、ティーンエイジャーの少年が、小さな子どもに性的虐待をしているということです。これは非常に多い。日本には、裏づける調査はありませんが、私は、実際にいろんなケースを聞いています。
しかし、児相も警察も、事件化しないと動いてくれない。国際レベルの調査では、40~60%のティーンエイジャーが、なんらかの性的なトラブルを抱えていることがわかっています。あるいは、性的虐待で捕まった人たちへの調査では、60~80%の人がティーンエイジャーのときに虐待行為を始めている。
そういう子どもたちに、どう対処すればよいのか。いろんなことが必要ですが、そういう傾向のある子には、治療が必要です。ずっと続けている人よりかは、初期段階のほうが治療効果はあります。いろんなことを同時にはできないのだから、もっとも効果のあるところから始めるべきだと私は思います。
――治療というと具体的には?
国際的に実施されて、効果がある程度確認されている治療方法はあります。いちばん効果があると言われているのはグループ療法です。一対一のカウンセリングよりも効果がある。問題は、体制の整備です。
それから、初犯も犯さないようにするためには、どうしたらよいか。これは教育だと思います。
あるとき、児童養護施設で小さな子どもに性的加害行為をくり返しているという子どもについての相談がありました。その子の学校でワークショップを開いたんですが、ワークショップのあと、本人が話しに来ました。その子は「僕は悪いことをしている」と、くり返し言うんです。しばらくして「それを私に言いたいの?」と聞くと、否定する。それで、「でも、誰かに聞いてもらいたいと思っているように聞こえるよ。誰かに話したほうが楽になるし、問題の解決につながるかもしれないよね」って言ったら、彼は考えたあげく、先生の名前をあげたんです。結果的に、その子は先生に相談していくんですが、私は、そういう出会いがもっとあれば、かなり高い確率でティーンエイジャーの性的虐待は防げると思うんです。
日本のチャイルドラインでは、かかってくる電話の12%が性的なことに関する話題で、それも男の子からが、すごく多いそうです。(※注1)
私は、自分の性的欲求について言葉で質問できて、話し合うことができるというのは、すごく大切だと思います。それは性教育にもなるし、性的虐待の予防にもつながります。
ところが、いまはむしろ逆に、性教育をやらせないような方向になっている。東京都では、性教育の教材を押収したり、教員を処分したりしています。
それから、被害に遭うかもしれない子どもたちへの予防教育も必要ですね。
◎エンパワメント
――被害に遭ってしまった人に対しては、「エンパワメント」ということをおっしゃっていますね。
エンパワメントの出発点は、すべての人が一人ひとり、大変すばらしい力を持っているということです。たとえ被害に遭ってしまっても、その子どもには自分で自分を癒す、すごい力がある。そのことを、まず信じることです。自分は自分でいいんだという深いところでの自信、そういう大きな力がある。どんなに表面的には、そうは見えなくても、被害を受けたことで深く傷ついていても。
ところが、性的虐待の被害者が、被害のことを周囲に言うと、たとえば「あなたが夜遅くまで出歩いているから……」というように、被害者自身が責められ、被害者自身の行動をあらためるように言われてしまうことがよくあるんです。そういう言動は、被害者の持っている力を、ものすごく傷つけるんですね。
だから、子どもが被害を訴えてきたら、子どもを責めるのではなくて、まずは「よく言ってくれたね」という言葉が必要です。私はあなたのことを信じるよ、と。そこで初めて、自分の苦しかった、怖かった思い、不安、自分のことを汚いと思うとか、悔しさとか、そういう気持ちを吐き出すことができる。そして、話すことが癒すことにつながっていく。責め立てられていたら、そういう気持ちが出せません。
――岸和田の事件以後、不登校と虐待の関連が問題視され、家庭へのプレッシャーが強まっているのですが。
そんなの、おかしいですよね。だけど、日本では、児童福祉法で、子どもが学校に行っていないことを親の不適切な対応だとしてきたんです。だから、児相のなかには、虐待のなかに不登校を入れているところがある。
岸和田の事件では、学校の先生が異変に気づいて子どもに声をかけたとき、本人が「なんでもないです。聞かないでください」と言って逃げてしまって、そこで終わっていた。私は、その次が必要だったんだと思います。そのとき、その子になんて言えばよかったのか、先生が自分だけで対応できなかったら、どうすればよかったか。
そういうことについての研修が必要です。しかし、研修も、その内容と体制が問題です。具体的な問題解決の手法を研修しなければ、かたちだけ研修をしても、しかたがない。
――法的整備で不十分な点は?
いろいろありますが、たとえば深刻なケースで、親が介入を拒むときに、どういうふうに強制力をとるのかという問題があります。
児相の職員が家庭に行っても、保護者が出てこない、あるいは子どもに会わせないというケースがあります。そういう場合、児相には中に入る権限はありますが、カギを壊してまで入る権限はないんですね。警察といっしょに行っても、事件になるとわかっているようなケースでないと、カギを壊してまでは入れない。それをどうするのか。
◎裁判所の関与を
それに対して、昨年の児童虐待防止法改正の際、与党は、警察権力強化の案を出してきたんです。しかし、そんな法律ができたら、警察権力が拡大して、虐待とは無関係でも、ありとあらゆるケースで使えるようになってしまう。私たちは反対の声をあげて、この案は取り下げられましたが、この問題は3年後の宿題になっています。
では、そういう場合、どうしたらよいか。これは、裁判所が関与すべきだと思います。警察が勝手にできないようにする必要がある。しかも、裁判所は、一連のプロセスに関わってほしい。いま裁判所が関わるのは、一時的保護についてのみです。しかし、一度引き離されたら、その後、その子がいつ帰れるのか、親は何をしたら子どもを帰してもらえるのか、そういった規定が一切ない。
だから、尼崎学園事件(※注2)のようなことが起きるんです。
裁判所は介入にあたって、3つのことをやらないといけない。ひとつは保護者との引き離し、一時保護です。次に、どういう条件なら措置解除されるのか、その基準の明示です。今までは児相の職員や養護施設の職員がなんとなく決めていたわけです。
それから、親に対して、なんらかのプログラムを命令すること。子どもは、安全な養護施設に行ったら、ある程度は回復します。しかし、親のほうは、何かしないと変わらないままです。そのためのプログラムが必要です。そして、それを修了したという鑑定なり判断をして、措置解除の可否を決める。
その3点セットを司法がしなければ、1年に140人近くの子どもが虐待で殺されている状況(※注3)は変わらない。これを司法がしてこなかったのは、恥ずべきことだと思います。
あとは、何しろお金ですね。年末に三位一体改革で、国の予算の多くが地方に移ったわけですが、児童虐待に関わる費用も含まれていて、私たちはそれに反対しています。まだ土台の整備がまったくできていない段階で、国から地方に財源が移されてしまったら、全然予算のつかない自治体も出てくる。すでに、格差が大きいわけですからね。
――課題は多いですね。ご多忙のところ、ありがとうございました。(聞き手・山下耕平、石井志昂)
※注1
チャイルドライン支援センターによれば、2003年度1年間にかかってきた電話総数は5万5951件。そのうち性的な話題は12%だが、男子では32%、女子が5%となっている。
※注2
2001年8月、兵庫県尼崎市で、児童養護施設「尼崎学園」から一時帰宅した小学校1年生が、母親と義父に殺害され、運河に遺棄された事件。
※注3
CAPNA(子どもの虐待防止ネットワークあいち)の調査によると、2000年に虐待(無理心中を含む)により死亡した児童数は139人。警察庁発表では2004年に51人の子どもが虐待により死亡している。
◎メモ:児童虐待の定義
児童虐待防止法第2条で、「児童虐待」とは、保護者がその監護する児童について行なう、次に掲げる行為としている。
1.児童の身体に外傷が生じ、または生じるおそれのある暴行を加えること。
2.児童にわいせつな行為をすること、または児童をしてわいせつな行為をさせること。
3.児童の心身の正常な発達を妨げるような著しい減食または長時間の放置、保護者としての監護を著しく怠ること。
4.児童に対する著しい暴言または著しく拒絶的な対応、児童が同居する家庭における配偶者に対する暴力、その他の児童に著しい心理的外傷を与える言動を行なうこと。
これは、保護者以外の同居人、事実上の配偶者などを含んでいるが、家庭外での虐待は想定されていないと言える。
※2005年2月15日、2005年3月1日、2005年3月15日 Fonte掲載


