『うつ病』だと言われて、なぜ自分が苦んでたのか、わかった」という話を聞くようになりました。「ひきこもり」よりも「患者」であることを望み、本人が安心する。そこで得た「安心」を、まわりはどう受けとめたらよいのでしょうか?

 相談者の言われるとおり、「うつ病と診断されて安心した」という方に出会うことがあります。うつ状態に陥ると、何もかもやる気は失せ、おっくうで体は動かず、倦怠感に覆われて食欲もなくなります。考えることもクヨクヨといやなことばかり思い起こされ、ふり払えば払うほど頭にへばりついてきます。どうしてこうなってしまったのかわからないまま、“まわりのみんなとちがってしまった自分”“壊れてしまいそうな自分”が意識され、得体の知れない不安に襲われてしまうことも多くあります。そんなとき、うつ病と診断されると、「そうなのか、この不安は病気のせいだったのか」と理解され、「自分でどうすることもできないのは当たり前だ」ということになって、とりあえず安心できるのだと思います。

 ところで最近、不登校やひきこもりの青年たちのあいだで、うつ状態を主訴として相談に来られる方が増加しているような印象をもちます。うつ病には多種多様な分類があり、少々乱暴な説明ですが、わけもなくうつになる内因性うつ病と、わけがあってうつになる神経症性うつ病というものがあると考えてください。いずれも症状としては共通していますが、神経症性うつ病は人間関係をはじめ、さまざまな心理的葛藤が介在して症状を惹起させているものです。このような神経症性うつ病の場合、薬だけではなかなか改善されないというのが実感です。心の複雑な問題が絡んでいるだけに、粘り強く、心の葛藤整理に向けてのアプローチが重要となります。しかし、だからといって心の整理を焦ってはいけません。「うつ病と診断されて安心する」という心理の背景には、もうひとつ“心の問題に直面する気持ちの準備ができていない”という側面があります。うつ病と診断されることで問題整理の先送りという猶予が与えられるわけですが、それもまた大切なことなのです。問題の整理は、まず気持ちの平静をとり戻してからということです。したがって、回復への第一ステップは、日常生活において、とにかく何もしないことが勧められます。ですから、何もしないことを認め、苦にせず、すべて肩代わりするという家族の協力が不可欠となります。しつけで関わろうとすることなどもってのほか。うつ状態の本人は、“周囲から見放されてしまう不安”や“社会から拒絶される恐怖”などを抱いて焦っていたりするものです。まずは精神的な均衡をとり戻すために、何もしないという生活がスタートとなります。私は、「やりたいと自然に思えることはやっても、やるべきだとか、やったほうがいいのではないかと思うことはやらないこと」と指示しています。(宇部フロンティア大学 臨床心理士 西村秀明)