Q 5年生の3学期、不登校気味になるころから言葉が乱暴になり、いちいち反抗的で、ごく当たり前のことを言っても「うぜえ! あっちいけ!」と受けつけません。弟妹にやさしかった兄だったのですが、豹変したように意地悪になったり、怒鳴ったり、祖母にもすごい態度です。不登校を認めているのになぜ、と悩んでいます。
A たしかに、子どもが荒れているときは、ご家族にとって大変な日々でしょう。何か気に入らないことがあるなら、わかるように言ってくれれば、と思っても、そんなこと言おうものなら、「うぜえ! あっちいけ!」となり、ますます険悪となりましょう。
文句を言われ、「じゃあ、どうしたらいいの」と言えば、「そんなこと自分で考えろ」と言い、「親のくせにそんなこともわからないのか」と怒鳴られる。昨日言ったことと、今日言うことがちがう。「行く」と言ったので、外出の時間になり声をかけると「誰が行くと言った」と答えが返ってきて、言った、言わないでケンカになる。毎日毎日ふりまわされてしまう。弟妹やおばあちゃんに当たりちらすので、そっちをかばうと「どうせ俺なんてバカ息子でどうしょうもないんだろ!」とまた荒れの種になる。お父さんは会社、お母さんは一人で疲れ切ってしまう、こんな状況は、めずらしくありません。
いま、家族の立場から述べてみましたが、子ども自身の側から見るとどうでしょう。学校を休むことを認められても、それですぐ気持ちが安らかになるものではありません。一般的に言えることですが、不登校気味になる前、またはなるころ学校に行き続けることがつらい何かがあったと思います。大人から見えなくても、とても傷ついてることもあったでしょう。
その上、学校に行かないようなダメな子になりたくなかったのに、とうとうこんなに休むようになった、と自分を責めているのではないでしょうか。俺はバカだ、弱虫だ、変だ、みながやれることができない、と自己否定の極地かもしれません。
小中高大と学校を上がっていって大人になる道しか多くの子は知らされていませんから、学校を休んでいると、もう将来がないかのような不安、生きていてもしょうがないという絶望感に襲われます。なぜこうなったか考えてもわからない。「お前が悪いんだ」と親のせいにするしかない。家中で一番つらいのは、当事者のお子さんです。もう家族中に、当たり散らすしかないほど苦しんでいるのです。
そのつらさ、苦しさを家族として受けとめていく、共感していく、ふりまわれさようが、付き合っていく、ということだと思います。ある意味、ストレスをそういうかたちで家族に出せるのはいいことだと思います。そして、お子さんが現実を受けいれ、気持ちを整理するには、時間が必要なのです。落ち着いて話ができるときは、親の心配を押しつけるのでなく、子どもの話をしっかり聞くこと、それが大事だと思います。(本紙理事 奥地圭子)


