今から4年前、僕は21年間勤めた高校を退職して、フリースクールを立ち上げました。学校というものの欺瞞と限界とを実感していたからです。

 不登校の子を持つ親から「どうせ元教師が始めるフリースクールだから」と決め付けられて落ち込んだり、近くでフリースクールを運営している方に「財産がないならやめときな」と助言(?)されたりもしましたが、退職してから1年間の準備期間を経て「ドリーム・フィールド」を開設しました。当初7人だった生徒数も現在では30人にまで増えました。自分を含めて3人の専任スタッフ、8人の講師で運営しています。  

 専任スタッフの仕事はおもに「子どもたちに寄り添うこと」です。ふだん、みんなといっしょにいろいろなプログラムに参加したり、バンド演奏をしたり、公園で遊んだりといったことはもちろん、自然とそれぞれに関わりの深い子が決まって、24時間体制でその子たちのサポートをしています。直接にいろいろな相談を受けるだけでなく、夜中でもメールをしたり、手紙のやり取りをしたりしています。いつも子どもたちの表情、声の変化、友だちどうしの関係に気を配り、不安や迷いなどがあるときには少しでも早く気付いてあげられるように努力しています。

 よく「そちらのスタッフには専門のカウンセラーはいますか?」と聞かれます。自分もカウンセラーの資格は持っていませんし、ほかのスタッフも2人ともまだ19歳です。逆に「専門的に勉強してきました」というボランティア希望の方をお断りしたことも少なくありません。なぜなら、子どもたちと関わりを持っていく上で一番大切なものは、「感じる心」だと考えているからです。

 実際に、専門知識を多く持たないスタッフでも、不登校であることにコンプレックスを感じて傷ついてきた子、いろいろな障がいや精神疾患を抱えている子らを上手にサポートしてくれています。そのあたりにごろごろいる「カウンセラー」という肩書きを持った人たちよりも、ずっとカウンセラーらしい働きをしてくれています。

◎葛藤しつつも一歩一歩

 ただ知識があるというだけでは何の役にも立ちません。もちろん知識が役に立つことはあります。知識があったほうが便利な場面もあります。信頼できる医師に相談することもあります。しかし、知識はあくまでもツール、スキルに過ぎないものであって、感性がなければそれを子どもたちのために役立てることはできないのです。一人ひとりまったくちがった人格であるのですから、マニュアルなどというものは本当はありえないはずです。

 しかし、専門家信仰の強い現在の風潮もあって、感性の鈍いカウンセラーは世間にあふれるほどいます。知識や経験に頼ってしまって、目の前にいる子の繊細な心の動きが見えない「専門家」の方が多いように感じます。「専門性」や「権威」に頼りきっている大人たちもまた、たくさんいます。

 スクールカウンセラーのように、週に何度かという、一時的な話し相手になることは非常に簡単なことです。しかし、日常的に関わりを続けて、いっしょに歩いてゆくことは簡単なことではありません。

 とは言っても、僕もスタッフも、毎日が葛藤と反省と自己嫌悪の連続です。失敗したと感じることも多いですし、「~したほうがよかったよね」「もっと話さないといけなかったよね」などと、スタッフどうしで落ち込むことも少なくありません。でも、毎日子どもたちが明るい表情でのびのびとすごしている姿を見ると安心しますし、みんなの一歩一歩の歩みに幸せを感じます。

 学校以外の場所で育つ子は、現在の日本においてはまだ少数派です。でも、少数派だからこそ、フリースクールで育っている彼らは、スタッフである私たちの心の支えであり、誇りでもあるのです。(大山浩司・ドリームフィールド)

※2006年9月1日 Fonte掲載