
今回は、「すべての人の心に花を」で知られる喜納昌吉さんにお話をうかがった。喜納さんは、このシステム化され合理化された社会のなかで、子どもたちが息苦しさを感じるのは当然、心は管理できるものじゃない、と語ってくださった。また、現在の世界情勢については「今年が正念場」だと言う。「戦争よりも祭りを」と謳い、音楽による平和運動を続ける喜納さんは、本号が届くころ、イラクでコンサートを開く予定にしている。
――いまの子どもをめぐる状況について、どう感じておられますか?
いまの子どもたちは自由を奪われていると思います。いままで、近代化とともに、みんなが便利さを追い求め、発展と進歩ばかりを追い求めてきました。それが自由を拡大することだと思ってきたわけです。しかし、ほんとうに自由になったのかといえば、逆に自由を奪われてきたのではないか。便利になればなるほど、社会がシステム化され、人が管理されるようになり、一見、自由を獲得しているようで、それは管理されているなかでの自由でしかない。いまの社会は、誰も彼もをシステムのなかに組み込もうとし、そういう社会のなかで子どもたちが生きています。
◎心は管理できるものじゃない
しかし、人間だって自然の一部ですから、自分のなかにある本能や愛が、そういうシステムから外れるのは当然のことです。だから、外れたっていいんです。
心はどんなに管理しようと思っても、管理しきれるものじゃない。心はいつもフレッシュな空間を求めるし、自由に動きまわりたい。心が自由に動けなくなって、暗くなってしまったら、どんなことに出会ったって喜べないし、感動もない。逆に言えば、心が元気だったら、どんなことと出会っても、感動がある。
いまの子どもは外れることが許されないから、キレてしまうのだと僕は思います。
――喜納さんの子ども時代とのちがいは?
自分の子ども時代を考えると、社会より自然のほうがずっと大きかったと思います。トンボにしても、セミにしても、生き物がたくさんいて、そのなかで育った。いまでも田舎ではそういうところがあるでしょうが、都会では、日常のなかで触れる動物といえばペットになってしまっている。つまりは飼い慣らされた動物です。飼い慣らされない動物は殺されてしまう。西洋的な社会は、そういうところがある。野生に対して寛容ではない。西洋では、物質と精神は別々のもの、自然と人間社会を対立したものと捉えてきたわけです。
それに対し、もともと東洋には、野生に対する寛容性があります。西洋と比べて、野生と共生するキャパシティが大きい。たとえば街の中でも、牛が歩いていたりするでしょう。
ところが、日本は西洋だか東洋だかわからないような状況になって、そのなかでバーチャルなものが大きくなってきている。しかも、映画でもテレビでもゲームでも、戦争や戦闘を題材としたものが多い。
そういう暴力性は、ほかの生命を受けつけないことになると思います。
◎国語と音楽は苦痛だった
――喜納さんは子ども時代、学校とは?
私の家はとても貧乏でした。だけど、僕は自分の家が貧乏だということにも気づかず、山野を駆けまわって遊んでいました。小学校に入るときも、そもそも学校に行くという概念がなくて、入学通知は来ていたらしいですが、そのままになっていて、先生が説得に来て、ようやく半年ほど遅れてから入学したような感じでした。
教科書を買うお金もなくて、1年生のあいだは教科書がなかった。そういうふうでしたから、ぜんぜん勉強にはついていけなかった。とくに音楽と国語は苦痛でしたね。
私はずっと音楽をやっているけれども、学校の音楽とは合わなかった。学校で教えるのは西洋のクラッシックばかりでしょう。自分の持っている音楽とちがうわけです。国語もヤマトの言葉で、自分の言葉ではない。ウチナーグチ(沖縄の言葉)を使うことは学校では否定されました。自然にお母さんから受け継いだ言葉が否定されるのは、とてもおかしなことです。
――子ども時代に、大人に対して感じてきたことは?
一度、学級費を払っていなかったために、教師がいやがらせで、絵の時間に僕だけに画用紙を配られなかったことがありました。それはとてもつらかった。おかげで、絵を描くのがきらいになってしまったのは残念なことだったと思います。絵を描くようになったのは、ようやく最近のことです。
それから、僕は新聞配達をしていて、7年休まずに働いていたので、「新聞配達優秀賞」をもらえると期待していました。しかし、実際には、たった半年しか配達をしていない政治家の息子に賞が与えられました。
そういうことから、世の中の不公平さ、利権構造のようなもの、大人の世界の仕組みの本質が見えていたのだと思います。そこから芽生えた反骨精神は、いまにつながっています。
◎教育はもっと外れる方向に
――不登校については、どのように?
私の子どもも、小学校1年から不登校になりました。いまは小学校2年生ですが、クリスチャンスクールに行くようになり、活発にやっています。
彼は小学校に入るまで、まったく保育園にも幼稚園にも行かなかったし、言ってみれば夢のなかに生きていたわけです。だから、まわりの子どもたちのように集団に訓練されているわけでもなく、学校と合わなかったのも当然だと思います。
そもそも入学面談のときから、「ちゃんと並びなさい」と教師に言われ、「なんでそんなにいばっているの?」と言い返し、教師が「いばってなんかない」と言っても、「いや、いばっているよ」と反論していました。
いまの学校はカタチばかりを求めてくるでしょう。たとえば、私の子どもは、いつも海にいくと、バチャバチャと自由に遊んでいました。ところが学校に行くと、プールのなかで、クロールだとか平泳ぎだとか、カタチになる泳ぎ方を教えられ、そうでないといけないことになってしまう。「なんでなの?」と言っていましたが、教師はそれにまともに答えられない。
それから、小学校1年生から6年生まで、みんな授業時間が同じでしょう。あれはなんでですか?
おかしいですよ。結局、それは子どものためじゃなくて、教師の働く都合でそうなっているだけではないですか。
もっと教育はどんどん外れる方向に行って、自由を謳歌したほうがいい。多くの子は、結局は学校のシステムや先生に合わせてやっていくけれども、そうやって子どもをマニュアルに合わせていくことで、子どもが苦しくなるのは当然です。なんでも自由気ままがいいというわけではないけど、規律と仲良くしていくためにも、とくに小さいころに、もっと自由がないとダメだと思います。
◎戦争よりも祭を
――いまの世界情勢のなかで、平和運動はどのように?
平和というのは歩みがのろいですが、戦争の歩みはとっても早い。人々は、死んだ平和運動より、生きた戦争を求めてしまう。それに対抗するには祭りしかないと思っています。常識や形骸を壊して、そこに新しい息吹を吹き込む。音楽には、そういう力がある。その息吹が広がり、人々の心に花を咲かせること。その祭りのスピリットは戦争に勝る。
テロにいかなる理由があろうと、報復戦争にいかなる正義があろうと、そこに築かれるのは死体の山だけです。それは根本的におかしい。
人類がどういう方向に向かうのか、今年は正念場だと思います。日本では拉致問題によって、北朝鮮と対話していくことができるかどうかが問われている。これを憎しみと力によって解決しようとするのか、対話によって解決しようとするのか。人を恐怖によってまとめていくのか、開かれた対話と愛によってつないでいくのか。
蓮の花は、混沌とした泥沼のなかに根をはり、水面に美しい花を咲かせます。いまの地獄は、そのなかに種子をまき、耕すことができれば、天国に咲く花の栄養になると、僕は考えています。
文明は、方向転換を迫られています。いままで、人間は地球を無限だと思ってきたけれども、地球は一つのかけがえのないものです。人類が生きていくうえには、共生しかないのです。
――ありがとうございました。(聞き手・山下耕平)
プロフィール
(きな・しょうきち) 1948年、沖縄県コザ市生まれ。1968年喜納昌吉&チャンプルーズ結成。70年代前半に「ハイサイおじさん」が大ヒット。80年発表の「すべての人の心に花を」は、1500万枚を超えるヒットとも言われ、世界各国で愛され歌われ続けている。アトランタオリンピック公式文化イベントでアジア代表として出演(96年)、アメリカ大陸を横断して祭りを開催(98年)、南北首脳会談を前にして北朝鮮と韓国での公演(99年)など、世界各地で公演、祭り、平和ムーブメントを行なってきている。
http://www.champloose.co.jp/
※2003年2月15日 不登校新聞掲載


