今回は、13年間、ひきこもっていたと言う大塚真哉さんに執筆してもらった。
中学2年の終わりごろから学校に行けなくなった。でも学校に行けるようになれば、なんとかなる、楽しいことがあるとずっと思っていた。正確に言えば思おうとしていたんだろう。
15歳になって高校に行ったけど辞めてしまい、19歳のとき、2度目の高校入学をした。先生もいい感じだったし、なかよくなれそうな人もいたが、すぐに行けなくなった。なぜ登校を拒否してしまうのか、わからなかった。どんどん無気力になって、家で寝ていると、ただただ楽だった。
20歳を越えて、少しバイトなんかもしてみたが、やはり「学校に行かなければ」と思っていた。「青春を取り戻したい」、そういう希望もあったし、自分の選択肢は働くことよりも「まずは学校」だった。また、高校に入学してみた。半年間は休まずに通った。でもダメだった。楽しいことはなかった。友だちもできなかった。いつか楽しいことがあると期待して、通い続けて気力が尽きてしまった。期待しすぎていた。学校は期待はずれだった。ますます無気力になる自分を感じた。
◎ 焦って焦って時間が過ぎる
4歳のときに父が亡くなり、母には気ばかりかけていたから、ずっと甘えられずにいた。中学生のとき、唯一の友だちだった犬も死んでしまい、どこにも相談相手がいなかった。相談したいと思える人も、話を聞いてくれそうな人もいなかった。だんだん自分でもどうしていいのかわからなくなっていた。がんばりたいのに、がんばれない。どうがんばっても、自分の人生はうまくいかない、失敗する、不幸にしかならない、そう思うことしかできなかった。「がんばるしかないだろう」と言ってくる人はいた。同情してくれる人もいた。どちらもガマンならなかった。
心のなかは、焦って焦ってどうしようもない。大切な時間が刻々とムダに終わっていく。取り返しがつかない、そう思っているうちにどんどん年月が過ぎていってしまった。生きたまま腐った屍みたいに、ボーっとしてることしかできない、がんばり続けることができない。認めたくないが、弱すぎる人間なのだろう。
それからどれくらい経ったか、あるおばさんが家に来た。たまたま話してみると、話しやすい人だった。説教くさいことも言わず、ただ話を聞いてくれた。小さいころのことから、閉じこもっていること、つらかったこと、もう絶望的で死んで楽になりたいと思ってること、頭の中にあるすべてを話しまくった。話したいことがなくなるほど話して、心が楽になった。こんなにいい人がいるのなら、ほかにもいい人間がいるのかも……、人間不信が少しづつ薄れていくようだった。その後も、このおばさんは話を聞いてくれ、その知り合いも話を聞いてくれた。
20代半ばもきつかった。「もうダメだな、人生を諦めよう」と思った。まともな人間になりたいと思うと、焦燥感が突き上げてくる。だから、もう自分で自分を責めない。いやな思いから逃げて逃げて心が楽になるにしよう、それだけを考えた。そんなときに、テレビで夜回り先生・水谷修先生を知った。先生の言葉はずっと言ってもらいたかった言葉で、涙があふれてきた。世の中は矛盾だらけでつまらない、そういう確信が変わってきた。
◎ 死んだ気で覚悟を決めて
少し働き始めてみたことがある。ヒマだったし、自信もつけたかった。いやになったらすぐ辞めればいいや、と気楽に少し働き始めた。やはり、働き出すと自分なりにがんばるみたいでしんどくなったし、さして充実感もなかった。ひきこもっているときとあまり心境も変わらなかった。「無職ではないです」と言えるだけ、心が軽くなったが、楽になったとはまったく感じなかった。
いまでも人に会うとストレスを感じるし、人間不信も残っている。けれども、この一年ぐらい、親の会や恩人のおばさんのところへよく行く。一年ぐらい前に、自分はだめな人間で、もう理想も何も持たず、一度死んだ気になってみようと、ときめた。以前の「諦め」とはまた少しちがう、ゼロになる覚悟というか、そういう気持ちになった。
疲れて落ち込んだり、がんばれないことに罪悪感を感じたりする。気が遠くなるくらい長い時間、ひきこもったが、働いてみても、家にいても、外に出て人に会っても、何をしていても何もしなくてもどんな状態でいても、心が楽になれなかった。結局、生きていくってことは、とにかく大変なことなんだなとわかった。だから、休むこと、無理しないこと、肩の力を抜くこと、心をなるべく楽にしていたい。といっても、「人並みに」というか、生活費を稼ぐためにがんばることはどうしてもできない。自分のために、と思って打ち込むことができない。人のために、できれば同じような苦しさを感じた人のために働けたら、そういう人に求められたら、喜びあえたら、と。親の会に行って、悩みを聞いたり、話し合ったりして、人のために何かできていると感じたとき、自分に存在価値を感じる。心が満たされる気がする。いまでも葛藤や不安があるが、謙虚な心を持って、心を楽にこれからもやっていきたい。だって、どうしても生きるのは大変だから。
※Fonte 2006年9月15日発行号


