
加用文男さんは泥ダンゴをつくる。それも、そんじょそこらの泥ダンゴとはわけがちがう。完璧な球体が煌々と光り輝く泥ダンゴだ。加用さんは幼稚園に出向いては泥ダンゴを教え、「子どもの遊び」の研究を続けている。日々、実態に即した研究を続けるなかで、考えられたことをうかがった。
――光る泥ダンゴをつくり始めたきっかけは?
簡単に説明すると、保育園の子どもたちのひまつぶしになるから(笑)。光る泥ダンゴなら完成まで3時間ぐらいかかるし、いいかな、と。
よく泥ダンゴづくりは「集中力や忍耐力を学ぶためか」と聞かれますが、そんなのは知ったこっちゃない。人によって、遊んでたら友だちとケンカしたり、集中力が身についたりすることもある。一般論で「遊びの効果」なんて言えません
。子どもがなぜ遊ぶのか、なにが楽しいのか、ほんとうはよくわからないんです。わからないくせに、わかったような発言をしたら有害ですよ。
――泥遊び研究自体がめずらしいと思いますが。
たしかに遊びの心理学研究の中心は「ごっこ遊び」で、精神的、知的能力の発達に関する研究ばかりに関心が持たれています。泥ダンゴづくりなど、皮膚を接触させる遊びの研究はほとんどありません。でも、子どもは一日中「ごっこ遊び」ばかりではないでしょ。
◎体温と愛着
子どもは土をぐちゅぐちゅといじくりまわすのが好きです。大人が見たら「こんなもの」と思うような汚いかたちの泥ダンゴでも、本人にとっては大切で捨てられないこともあります。
――子どもはなぜ泥ダンゴが好きなんでしょう?
なぜかはわからないですよ。ただ子どもって鼻くそ丸めるの好きだから、それと似ているのかな、と。温度もあると思います。光る泥ダンゴづくりは、じっくりと土に触るので、土と体温がほとんど同じになってくる。体温に近いものに触ると気持ちがいいし、愛着もわきます。逆に時間が経って冷たくなったら違和感を感じてしまう。体温より冷たかったり、熱かったりすると異物になってしまうんです。
こうした体に触れるものに対して人は敏感です。小さい子どもは、まだ体に触れるさまざまな素材に慣れていませんから、いろんな努力をしているように感じます。毛布やふとん、食べ物やお皿、目の前にあるものをとにかくいじり倒す。
大人にとっては、それがイライラするのも体験から重々承知していますが、子どもにとってはとても意味のあることだと思うのです。
――しかし、注目されるるのは知的な成長ばかりですね。
現在の研究は、言葉やイメージをあやつるなどの「成長」だけに力点が置かれすぎています。しかし、実際の知性というのは感覚的なものです。湯川秀樹さんも「科学者に必要なのは、知識や論理的な思考力というよりも直感だ」というようなことを言われていたそうですが、「おかしいなあ」「そんなのイヤダ」、そういう体にしみこんだ感覚や感性に知性が支えられているのです。その根本部分を置き去りにすれば視野が狭くなってしまう。
◎人間の特性を問いなおす
そもそも、知性を知識に偏向させて理解する発想は、人間の3特性が「直立2足歩行」「言語の使用」「道具の使用」だという19世紀の哲学からきています。人間を霊長類の一番上位に位置づけて猿と比較したときに見えてくるちがいとして、さきほどの3特性を「人間らしさ」の根本として見いだしたわけです。それを獲得することこそ成長だ、と。しかし、人間を理解する上ではこの発想だけでは不十分です。人間の特性はさきの3特性だけでなく、まず「雑食性」、「繁殖期の無さ」、毛皮をまとわず、薄い皮膚のままで生まれる、つまり「裸で生まれてくる」ことの3点が挙げられなければなりません。
――たしかに毛皮がない動物はいませんね。
「裸で生まれてくる」ことは、ほかの「雑食性」「繁殖期がない」という特性と緊密に関係しています。雑食なので、地球上のほとんどのものが食べられます。毛皮がなく、衣服で調節するため、いかなる温度にも対応できます。また、人間の妊娠は、時間をくう割りに多くを産めません。その代わり、いつでも妊娠できる状況になりました。つまり、繁殖期がなくなったのです。なぜ、こうなったのかはわかりませんが、これが生理学的な観点から見た人間の特性です。そして、これらの特性が緊密に関わり合い、バランスを保っています。
◎家や車を着る
人は「裸で生まれた」ことによって、素材に体を慣らすことが重要な成長課題となっています。裸で生まれたからこそ、さまざまなものを着たり、脱いだりできます。衣服のみならず、家や車にだって言えることです。車の運転になじむと、車がまるで自分の衣服のように感じられたり、木の枝などで車体がこすれると、まるで自分の体をなでられたように感じたりします。車を「着ている」、自分の体と融合・一体化させているのです。こうして、身につけるものを異物視したり、逆に一体化・融合させたりをくり返して毎日過ごしています。それは自分と環境のあいだの境界を自在に変えていることです。
こうした人間の特性と子どもの遊びが、なんらかのつながりがあるのでは、とぼんやり思っているところです。
――ありがとうございました。(聞き手・石井志昂)

(かよう・ふみお)
1951年高知県生まれ。発達心理学を専攻。子どもの遊びを研究するうちに、光る泥ダンゴに出会い、のめり込む。「日本泥だんご科学協会」(ANDS)理事長。著書に『子ども心と秋の空~保育のなかの遊び論』(ひとなる書房)


