小松和彦さん

まだまだ残暑も厳しいこの時期は、あちこちで妖怪や幽霊の展覧会を見かける。ふらふら入って、妖怪の絵画を眺めていると、その多様なすがたに驚かされる。妖怪文化は、とびっきり豊かだ。今回は、そんな妖怪、異界の世界を研究している小松和彦さんに、子ども編集部が取材した。
――妖怪を研究するようになったきっかけを教えてください。

もともと小さいころから妖怪の映画を見たり、小説を読んだり、お化け屋敷に入ったり、妖怪好きだったんです。高校、大学と進学して、大人になっていくうちに、まわりがとっくに妖怪の話に飽きてしまっても、私はずっと好きだったんです。

研究のきっかけは、民俗学の勉強を始めたことです。民俗学を勉強していると、自分たちが空気のように当然だと思っている文化も、地域差や世代差があり、まったく当たり前のことではない、と気づいたんです。みなさんはアリやカブトムシの幼虫は食べないですね。でも、国外にはアリや幼虫を食べる地域もあります。アリや幼虫を食べる人たちにとって、それを食べない私たちの文化はわからないんです。同時に、私たちもアリや幼虫を絶対に「食べてはいけない理由」も見つけられないのです。国内でも、土地によっては鯉を食べない地域があります。こうした民俗学の研究を続けていくうちに、幽霊や妖怪といった「見えない世界」、異界の文化があるんだ、と気づいたんです。

妖怪や幽霊といった「見えない世界」を研究することで、本当に人間のため、経済発展のために役立つのか、と問われれば「さあ……」としか答えられない(笑)。ただ、見えない世界は人間生活の一部であり、大事にしてきたものです。むしろ「見えない世界」を知ることで、人間にとって一番大事なことを発見できるのでは、と思ったのです。

◎妖怪とは何か

――妖怪って、いると思いますか?

僕は不思議なことが起きたとき、しばらくは不思議のままにしているんです。偶然が重なったり、夢か現実かわからなくなって、気味が悪くなったりしたときも、しばらくは「変だったな」と思ったまま。僕は夢であろうが、現実であろうが、そういう状況になったことが大切だと思うんです。自分の経験の一部になっているわけですから。妖怪は物理的な現象だけではなくて、心理的な現象です。

「妖怪がいるのか?」と聞かれれば、連れてくるわけにもいかない(笑)。ただ、まちがいなく人間の文化のなかに妖怪はいる、と言うことはできます。

――小松さんの好きな妖怪はいますか?

好きというより、ずっと気になっていたのは「座敷童」です。どうして、座敷童は勝手に移動するのか、悪さをするのか、と長いこと考えていた時期があります。ただ、一番恐かったのは「七人みさき」です。

夏の1カ月間、僕は四国で、民家の離れで寝泊まりしながら、調査をしていたんです。昼間は調査をして、夜は離れで資料をまとめる。離れといっても、物置みたいな場所で、灯りは裸電球一つだけ。とても質素な場所でした。昼間も夕方もたいして怖くはないんです。でも、夜になると「ボッ」「ボッ」と物音が聞こえる。蛾や虫が窓にぶつかるんですよ。と、今度は川のせせらぎが聞こえてくる。せせらぎだとはわかっていても、それが話し声に聞こえてしまう。僕の泊まった場所は、戦に負けた侍の亡霊が七人現れて、夜な夜な人を殺すという「七人みさき」の伝説の地のすぐ近くなんです。もう、恐くなっちゃってね。部屋のなかから、がっちり鍵を閉めました(笑)。

――神、妖怪、幽霊のちがいはなんでしょうか?

すべて、霊、魂です。昔から日本人は魂や霊を「玉」で表現してきました。縄文時代は「曲玉」というアクセサリーがあり、今でも肝っ玉や人魂という言葉が残っています。体のどこかに「玉」を想像し、それは感情の元だと思ってました。
妖怪というのはこの「玉」が、つまり霊が怒っている状態です。一方の神は祀り上げられた霊です。妖怪が祀られて神になる場合もあります。神は、保護と従属、富の交換など、一定の約束が人と取り結ばれることになり、人間が一定の制御に成功した状態とも言えます。

神と妖怪は「秩序」と「混沌」、「光」と「闇」という表裏の関係です。その狭間を人間が揺れ動きながら存在していると、位置づけられていました。

――時代ごとに妖怪の変化は見られますか?

昔にさかのぼるほど、生活圏が狭かったので自然が脅威でした。自然の脅威を鬼と表現したり、蛇の仕業だと想像してきました。だんだんと人間の文化圏が広がって、都市が生まれ、自然が遠くなり、都市のなかで妖怪が現れてきました。

象徴的なのは、傘や提灯といった道具の妖怪です。道具の妖怪が現れたのは、室町時代の終わりで、妖怪の最盛期だったとも言えます。道具が妖怪になること、それは、あらゆるものに霊が宿るというアニミズム(※メモ参照)の発想です。「人が死んだら極楽に行き、成仏できなければ化けて出る。それは物も同じ」という話は、なんとなくみなさんも感覚的にわかる話でしょ。でも、キリスト教を信仰しているヨーロッパ人なら、ちょっと理解しづらい。「じゃあ、コップも神の前で最終審判を受けるのか?」と笑われてしまうんです。

――妖怪が廃れたのはいつからでしょうか?

明治のはじめに、科学などの西洋文化が輸入され、おそらくすべての文化を近代化、つまり西洋化していこうとする時代でした。この「文明開化」のために、とくに撲滅すべきは「妖怪」でした。「迷信」「伝説」を信じていては開発ができません。

◎妖怪とともに失ったもの

いまでも、新しいものがよくて、古いものがダメだという考え方が根強いです。しかし、こうした進歩の過程でよいものも捨てしまったかもしれない。もちろん、当時に戻ればいいとは思いませんが、昔のよいものを工夫して、いまの時代に見せることは必要でしょうね。水木しげるさんや宮崎駿さんの作品では、たくさんの妖怪が登場して、いまの子どもたちに好かれています。新しいものとして妖怪が発見されたということです。

――妖怪研究の意義とは何なのでしょうか?

人間は科学技術によって「わからないこと」「見えないこと」は照らし出して、はっきりとした社会をつくってきました。しかし、それはどこか陰影を欠くのっぺりとした日常が生み出されたとも言えます。もう一度、私たちがどんな方向に向かうべきかを考えるとき、想像力が必要です。日本人が一番、想像力を発揮してきたのは妖怪です。これまで、私たちは西洋とコミュニケーションをとり、自分たちに必要なことを模索してきました。それで、行き詰まったのだから、今度は妖怪とコミュニケーションをするのはどうでしょう。ある学者は「人類の最高傑作が化け物だ。もっとも人間らしい」と言っていました。妖怪は一番役に立たないものです。でも、よく目を凝らして、妖怪を見つめれば、そこに自分を発見することができます。妖怪は人間の写し鏡です。妖怪を考えることは、人間の存在を考えることです。きっと、そこから新しい世界が浮かんでくるんだと思っています。

――ありがとうございました。(聞き手・石井志昂、P.N極月、小池智央、高柳美里)

アニミズム……事物には霊魂など霊的なものが遍在し、諸現象はその働きによるとする世界観。精霊崇拝。霊魂信仰。

(こまつ・かずひこ)1947年東京都生まれ。民俗学者。妖怪論、シャーマニズム、民俗宗教などを研究。国際日本文化研究センター教授。著書は『怪異の民俗学』(編著)、『京都魔界案内』(光文社)など。

※2005年9月1日 Fonte掲載