朝起きて、朝食をとって散歩に出かける。1~2時間、ゆっくり時間をかけ、大きな緑地を歩くのが、おきまりのコースだ。

 家に帰って新聞を読んで、お昼を食べる。テレビを見ていたら、いつのまにか、うたた寝。気がつくと、もう夕方だ。そしてまた、いつものコースの散歩に出かける。

 その後、食事。いまの時期はナイターに夢中だ。ビールを飲んで、また、うたた寝。あっというまに夜9時を過ぎたころ、本格的にふとんを敷いて寝る。

 これが、ここ数年の私の父の生活だ。ずっと多くの人と過ごしていた人が、今は母以外の人と話すことはほとんどない。

 散歩も人が多くない時間、場所を選んでいる。大勢の中にいるのが父は好きなのだ、と私は思っていた。小、中、高、大学と野球をし、プロ野球にも少し関わった。その後、サラリーマンから自分で工場をつくって、60歳過ぎまで働いていた父が、こんなふうに過ごすなんて思ってもみなかった。

◎二人の孫の不登校は…

 私の二人の息子(長男12歳、次男10歳)が不登校していることを、最初はとまどっていたようだが、いまでは長男いわく、「すごく安心な人」だそうだ。

 母らは、二人の孫の不登校が気になるらしく、「私立学校なら行けるだろう」「学校は大事だぞ」「学校に行っていないのなら勉強だけは家でできるかぎりやらないと」などと言い、彼らを暗い気持ちにさせた。

 母もとても孫をかわいがるのだが、どうしてもこういうところがあるので、私とはぶつかることがある。

「不登校は問題ではないし、うちの子にとって学校は今は必要ないんだ」と言うと、「あんたはものを一面的に見る」だの「融通が利かない」だのと言う。私は「それはこっちのせりふやんか!」となり、こうなると収拾がつかなくなる。

 父に関しては、不登校を受けいれていない時期でも、そういう類のことはけっして言わなかった。そのころも今も、息子をつれて実家に帰ると、父はかならず散歩に誘う。歩くのが大好きな長男は、おじいちゃんといっしょに出かけていく。

◎あんまりしゃべらないが

「おじいちゃんとどんな話をしたの?」と聞くと、

「山の話とか……でも、あんまりしゃべったりしないで、いっしょに歩いてベンチに座ってハトを見て帰ってくる」とのこと。

 長男は祖父に散歩に誘われると、いつも、そそくさとついていく。

「おばあちゃんは『勉強しなあかんよ』とか、『本読まなあかんよ』とか、そんなことばっかり言うから、ときどきイヤになる。でも、おじいちゃんからは、そんなこと一度も言われたことないよ」と話してくれた。

 だから、「安心な人」なのだそうだ。

 ところが、おばあちゃんと話していると、「勉強したか?」「字もいっぱい書けたほうがいいね」などという話に、いつなるかわからない。そういうことが子どもにとってはイヤで、言われたくないことなんだ、と説明しても、母には実感としてわからないので、ついつい話に出てきてしまう。

 この夏、実家に帰る前に母に電話した。

「勉強のこと、学校のことに関するいっさいのことは話さないように」と。

 これを母は忠実に守ってくれた。

 父は相変わらずで、たくさん話したり、どこかに遊びに連れていったりするわけではない。ただ自分の散歩に誘うだけ。母も帰省中はにわか「安心な人」になったので、とても快適に過ごせた。

 一日中ほとんどを家で過ごす父のことを、母はあまりいいとは思っていないようだ。しかし、うちの二人の息子にとっては、安心をたくさんくれる人なのだ。

 私自身、父ががむしゃらに働いていたころは、なんだかいっしょにいると、しんどかった。しかし、いまの家中心の生活をする父には、なんだか私も「安心」をもらっている。

帰省すると、父が長男、次男の大切なところを理解してくれ、信頼しているようすがヒシヒシと伝わってくるのだ。

 父が息子たちのおじいちゃんでよかったと感じることが、最近、多くなった。

 これから息子たちがどういう人生を歩むのかはまったく想像できない。ただ、彼らが生きていくうえで、私の父は大きな安心感をもたらしてくれるにちがいない。(木村砂織)

※2003年9月1日 不登校新聞掲載