記憶に近い、彼女の場合から。「学校にいるとアリになったような気分になる。家では、ゾウでいられる」で、学校行くのやめた。

 行かない理由が解らないと「納得できない」「困る」ってことで、学校関係者からは、いろいろ聞かれた。

 「普通分娩でしたか?」という質問から始まり「母乳でしたか?」「砂遊びは?」「幼稚園には?」……、しかし、どれもこれも学校関係者にとって、私の答えは期待はずれのよう。で、「お子さんは、何人姉妹ですか?」、「一人です」という返答に「それだ!」と食いつかれた。つまり、一人っ子で、甘やかされて育ったのが「学校に来られない理由」で、落着いたみたいだ。

 それからの彼女の9年間に出会った先生たちの名言集。
 先生がやって来た。「ここで、甘やかしたら、一生甘えた人間になり困ります」。
 先生がやって来た。たまたま彼女が出たら、「あいさつできるんですね……驚きました」。
 先生がやって来た。彼女がいたら、「ちゃんと、昼間、起きているのですね」。おちおちカゼもひけない。

 彼女が笑っていたら「笑えるんですね」。

 先生が、善意ぶら下げてやってくる。善意をぶら下げてやってくるのは、先生だけではない。彼女が街歩けば、善意ぶら下げたいい人だらけだ。いい人ってほんと多い。でも、マイノリティを踏み台にしての、いい人だから、頭をひっぱたいてやりたいけれど、多すぎてキリがない。

 いい人にぶち当たりながら、彼女はよく出かけていた。はじめて真夜中のタクシーで帰宅してきたのは8歳ごろだったかな。はじめて最終電車に乗って帰ってきたのも、そのころだった。それから、ロシアへ、カンボジアへ、モンゴルへ、ホームステイもくり返した。

 それらの彼女の行動は、善意の人たちを「いろんな経験をしてるから、不登校でもいい」という変な理屈へと変えてしまった。結局、彼女の行動が「マジョリティのいい人」の範疇を超え、黙らせることになったのだが、初めから「そこ」を狙うのは、「不登校の優等生」を狙うのは、学校に行くことより難しい。

 で、気が付けば彼女15歳。いつもより、はやく起きてきたあの日、「どっか行くの?」、と聞いた私に「え? 言ってなかったっけ? 今日、高校の入学試験日だよ」。

 いま彼女は、ロックバンドのボーカルやドラム、ヒップホップダンスチームで踊ってる、花のコギャル高校3年生。最近、彼女は「学校での立ち位置いいんだ」ということらしい。

 次いで、私の場合「何で学校に行かなかったの?」と今になっても聞かれる。で、今だから応えられる……まあ、ある程度は。

 小学生のとき、道徳って時間があった。なぜか道徳に感想ノートもあった。

 童話『金の斧、銀の斧』によって、正直者が得をするって教えたかったらしい。私は感想ノートに「一番嘘つきは、女神さまです」と書いた、赤ペンで「素直になりましょう」と指摘された。

 『イソップものがたり』によって、人の意見に惑わされることなく、自分の考えを持ちましょう、と教えかったらしい。感想ノートに「人のことをとやかく言う村人が悪い」と書いた。赤ペンで「どうして、ひろこさんはひねくれているのでしょうね……、もっとすなおにならないと生きて行けませんよ」と返ってきた。でも、私は生きている。9歳のころから学校と名のつく所は一度も行かなかったが、めっちゃめちゃ生きている。あのころの私と、今の私、ちっとも変わっていない。

 いまも「あれ?」って思うことがいっぱいだ。葬儀の際「惜しい方をなくしました……」というあいさつに「あれ?」って思う。だって惜しくない人はいないから。危ない実験を行なう番組中に「よい子はまねしないでね」というテロップが流れると、「あれ?」って思う。よい子、悪い子の言葉そのものはおいといて「悪い子は何をやってもいいのか」と思うわけ。

 あの時のあの先生がそれを聞いたら、また赤ペン入れられてしまうかな。
 夫婦百景って言うけれど、不登校百景だよね。(茨城県 かさいひろこ)

※Fonte 2007年4月15日