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2012.03.16

【追悼】思想家・吉本隆明さん

吉本隆明さん  戦後最大の思想家・吉本隆明さんが3月16日未明、東京都内の病院で亡くなりました。吉本さんの思想はジャンルを問わず、多岐にわたり、多くの人に影響を与えました。本紙『Fonte』にも2001年に登場しており、鋭い「ひきこもり観」を指摘していただきました。追悼企画として当時のインタビューをアップします。心よりご冥福をお祈りいたします。 「コンプレックスにしてしまうのはつまらない」 ◎敗戦は、むなしくなるぐらい影響があった ――自分自身の考えを持つきっかけは?  僕が大学1年生のとき、日本が敗戦しました。敗戦したとたん、就職口はなくなるし、学校自体も続くかどうかもわからない。社会ががらりと変わってしまった。それまで、働くための知識は学校で学んでいたし、人間の心の動き、精神の動きについては、文学を読んで考えてきていて、それだけで結構だと思っていた。ところが、そうはいかなかった。急に、どうやって生活したらいいのか、どうやって生きていけばいいのか、わからなくなってしまいました。今までやっていたことが通じなくなってしまったわけです。バカバカしいというか、とてもむなしかった。  社会が変わるってことは、本当に、むなしくなるぐらい影響がある。敗戦までは、僕は社会についてなんて、まるで考えないできた。でも、それが大欠陥だったと思いました。それが、経済学とか経済現象といった、社会を動かしている基本にあるものを少し勉強しはじめた理由です。だから、正しいか、まちがっているかは別として、そのときどきに、社会に対して自分なりのビジョン、自分なりの判断をちゃんと持っていないとダメだぜ、ということは、敗戦以降、今にいたるまで、変わらずに頭に置いていることです。 ――物書きになったのは?  僕はもともと文学の出身ではなくて、工科系の学校を出て、技術者として勤めていたんです。そのあと、特許の事務所に1日おきに勤め、そのかたわらで、エッセイなどを書く仕事を引き受けていました。ところが、だんだん、書くことの収入と特許のアルバイト収入が半々ぐらいになってきた。それで、物書きになろうか、特許事務所で働こうか迷った。本当は現場で働きたかったんだけど、特許の事務所ってのは書類を整理したり、事務的なことが多くて、技術者としての現場ではない。どうせ現場で働けないのなら、書くことで食おうと思いました。その時期が40歳前後のころだったと思います。だから、僕はいろんな社会現象に発言しているけど、ぜんぶ素人なんですよ。素人として、社会的な現象に対して、これをどう見たらいちばんいいのか、と考え、発言してきたのだけど、それでいいんだと思いますね。 ――専門家でないと物を書けないように思われがちですが?  学問者や研究者と、僕みたいな物書きとどうちがうかというと、前者は頭と文献や書物があれば研究ができる。物書きは手を動かさないと作品が書けない。僕も手で考えてきた。頭だけで書いたらつまらないものしか出ない。考えたことでも、感じたことでも手を動かして書いていると、自分でもアッと思うことが出てくる。それは手でもって書いてないと出てこない。年食ってくると、いちいち、しんねりしんねりしながら手を動かすのが、おっくうになる。それは研究者も同じ。本を読んで、いちいち必要なところだけメモを取るなんて辛気くさいことやってるより、どっかの会長になるほうが楽だよね。しかし、手で考えるってことをやめたら、物書きは一巻の終わりですね。これはあらゆる芸術でも言えることだよね。手を動かすっていう本筋は変わらない。  だから、もし文学者になりたければ、10年間、手を動かすことだと思います。10年間やれば、一人前になりますね。秘訣も何もない。才能があるとか、ないとか言うのは、そのあとの話ですよ。文学の場合、「気が向いたときに書いて、気が向かないときには書かない」というのがいいことみたいに言われるけど、それはウソだよ。気が向こうが向くまいが、何はともあれ書く、手を動かす。そうしたら、一人前になりますね。 ◎子どもは直感的に社会の変化を感じている ――いま、子育てを悩んでいる方が多いと思いますが  妊娠してから子どもが1歳になるぐらいまでは、戦場のようだと思うけど、本気になって、目をそらさないで、赤ん坊と向き合ってくださいとしか言えないですね。  あとは多少乱暴な扱いでも大丈夫。むしろ、過剰にかまい過ぎたり、押しつけたりすれば、子どもはゆがんで反発するから、そういうことをしないように気をつけたほうがいい。大人は現在の社会が昔のままの延長だと思っている。しかし、実際の社会は混乱しているから、ズレがあり、大人自身もいらだちを無意識に感じていると思う。逆に子どものほうは直感的に社会が変わっていると感じているから、親子ですごい距離感が生まれる。大人はその距離感を自覚しながら、子どもとつき合っていかないとダメですよね。 ――閉じこもりについて、どのようにお考えですか?  どう考えたって、僕も閉じこもりです(笑)。それに商売によっては、閉じこもるしかない、という場合もある。だから、閉じこもりって、悪くないんじゃないですかね。それに、中途半端に引き出すのは、どう考えてもよくない。メディアは、閉じこもらないで、出ずっぱりで仕事をしたり、学校に行くのが一番いいことなんだ、という価値観で動いていますが、そんなのはウソですよ。だいたいの人間が1日のなかで、閉じこもっている時間がありますよ。 ――吉本さんは、いまの社会の変化をどのように見ておられますか?  農業、漁業の自然産業や毛織物とか内職でやっていたものがだんだん本格的になっていって、農村を離れ、都市をつくったというのが、近代の歴史的な経緯ですね。いまは、もうひとつ先に行って、第3次産業に携わる人が半分以上になって、消費産業の時代になった。生産することより、消費産業で働く人が多くなったということは、いままでの古代とか、中世とか、順序よく歴史が進歩していくという既成の概念は通用しなくなってきたことを意味します。それなのに、企業や政治は昔からの延長線上で、社会をとらえているから矛盾し、混乱する。その混乱が、いまの先進国の混乱だと思いますね。ですから、しばらくは混乱が続くでしょうね。10年ぐらいたてば落ち着くかもしれない。  そういう高度な社会の特徴だと思いますが、現在の日本では、大半の人が部分的な精神障害を持っていると言っていいと思います。  しかし、池田の児童殺傷事件(※1)の報道なんかを見ても、マスコミは過剰に反応しすぎていると思います。たとえば、自殺願望が精神障害だと言われたりすることもありますが、一度や二度の自殺願望を持たない精神なんて、あり得るんですかね? 活力があふれているわけですから、自分がどんな道を歩んでいいか、まるで見当がつかない苦しさ、矛盾は誰でも青春時代に経験する。「死にたいぐらい、まいった」という経験は、悪くないと思います。 ――水死に近い体験(※2)をされたそうですが、死をどうとらえていますか?  おぼれかかった経験から、ちょっと考えを修正したことが二つあるんです。一つは自分の死というのは、自分のものではないということ。たとえば、人が死ぬ間際になって、意識がなくなり、医者もこれ以上手を尽くせない状況になる。そうしたら、周りの人が納得して、延命処置をやめる。いまの医学状況では、死ぬ間際の状態を自分が判断できないし、苦しいかどうかも意識がないのだから、本人はわからない。結局、自分の死はまわりの人のものになっている。  それから、死の恐怖について。死は怖くないと言う人もいるけど、僕は死は自分ではわからないものだから、怖いも何もわからないものだと思う。実際にはわからないのに、考えているだけ。修行をして、禅宗で言えば座禅を組んで、自分の精神を無生物と同じ所まで、無意識を沈めることができれば、死というものを実感できると思う。  わからないのに、あらかじめ自分の死を空想すれば、怖いに決まってますよね。その怖さはどこからくるのかと言えば、母親のお腹のなかにいるときから、生まれて間もなくの間の経験から来ていると思います。赤ん坊のとき、自分ではどうもできない1歳未満ぐらいのときの経験。どんな母親だとしたって、赤ん坊からすれば、欠落感や不安や恐怖はあると思います。死を考えたとき、無意識的に何もできない赤ん坊の状態を思い出して、怖くなるのだと僕は思う。その恐怖感は、無意識の底のほうに沈んでるんだろうね。 ◎自分の経験を何度も練り直して考える ――不登校についてどう考えられていますか?  僕も大学は卒業したものの、登校拒否と言っていいくらい、行かなかったですね。学校なんかどうってことないと思いますよ。ただ、大学とか学校は、行かないとすごく立派に見えてくる場合がある。よい大学に行っている人はすごく頭のいい人なんだ、と思ってしまったり、コンプレックスに感じてしまうのはつまらない。そういった思い込みを取り払ってから、好きなこと、やりたいことをするのがいいと思う。それさえ、気づいていれば、登校拒否なんて、格別どうこう言うことではないと思う。  どんなことでも、自分が本気になって学んだことしか自分に残らないし、身につかない。また、長続きもしない。そのことに分け隔ては何もないから、結局、好きなことを選んでやるしかない。どんな状況でも困難はつきものですけど、自分に向く困難というか、選んで困難なところへ行くべきですよね。それじゃなきゃ、耐えられない。重要なのは、いい学校に行くとか、いい会社に勤めるとかより、自分が経験したことを何回も何回も練り直して考えること。それをしなければ、人間の器は出てこないし、自分が持っている先入観にも気づかないと思います。 (2001年7月収録) ※1 池田の児童殺傷事件  2001年6月、大阪府池田市の大阪教育大付属池田小学校に男が侵入し、出刃包丁で児童8人を殺害、児童13人と教師2人にけがを負わせたとされる事件。 ※2 水死に近い体験  1996年の夏、吉本氏は伊豆で海水浴中におぼれ、意識不明の重体となった。 吉本隆明(よしもと・たかあき)  1924年生まれ東京工業大学卒。詩人、思想家、文芸評論家。日本の戦後思想に大きな影響を与えた思想家として、60年代より現在に至るまで、さまざまな状況に対して思索、発言を続けている。作家・吉本ばななの父親でもある。代表的な著書に『言語にとって美とは何か』がある。 ■追悼記「吉本隆明さんのお説教」