1999年9月に起きた「JCO」の臨界事故。茨城県・東海村で起きたこの事故に、僕はかなり関心があった。その理由は、茨城県の隣の栃木県には僕の家族が住んでいるからだ。

JCOの事故の夜、僕は実家に電話をしてみた。テレビから流れてくる東海村は大パニックで、ひょっとしたら実家の周りでも何か変わったことがあったかもしれない、と思ったからだ。しかし、どうやら何も変わったことはないようだ。
東海村から実家までは50㎞以上離れているので、当然といえば当然なのだが、テレビの中の喧噪とは別世界ともいえるクールな反応に少々驚き、東海村の中ではどんな感じになっているのか興味が湧いてきたのだった。だから東海村に取材に行く日、僕は正直ワクワクしてしまっていた。

◎大きな村だった

村に着いてまず驚いたのが村の大きさ。僕の東海村に対するイメージは、人通りは少なく、草木は事故の影響で枯れ、海辺に原子力関係の建物が密集している殺風景な感じという、はなはだ失礼なものだった。だが、村の中心部は「村」という言葉から連想させるイメージとは大きくかけ離れていた。村の中心を走る道路は渋滞し、ファミリーレストランや、レンタルビデオショップまであって、僕の実家のある益子町は、明らかに東海村に負けていた。

◎静かだったJCO

そんなことを考えながら、僕たちは一番の目的であったJCOを探した。しかし、車で村中を探してもなかなか見つからない。同じ道を何度も行き来し、やっと一本の小道を発見した。小道の入口には、「株式会社ジェー・シー・オー」と書かれた小さな看板があるだけで、村の中心部の林の中に、JCOはひっそりと建っていた。

地元の人の中には、事故が起きるまで、そこに原子力関係施設があることを知らない人もいたらしい。正面玄関は当然のごとく固く閉ざされていたので、僕たちは車を止めJCOの周りを、歩いてみることにした。

◎のどかさが怖かった

JCOの敷地の周りは、高さ3mほどのコンクリートの塀で囲まれているのだが、大人なら乗り越えられる高さだ。事故から4カ月が経過していたこともあってか、警戒ムードはまったく感じられなかった。塀の中からは人の気配もなく、不気味なほど静まり返っていた。ところどころ、塀の隙間から中が見えるのだが、中は大量のドラム缶が放置され、建物からは無数の管や煙突が突き出ていた。

しばらく歩くと雑木林を抜け、田畑や住宅などが建つ、のどかな風景が広がっていた。驚くのは、JCOを取り囲む塀のすぐ隣りに、家がけっこうたくさん建っていて、中には建築中の家もあった。この日はとても天気がよくて、畑では、一人のおばあさんが農作業をしていた。たぶん、ここの景色は、事故前も事故後もあまり変わらないのだろう。僕は逆にそののどかさが怖いと思った。

おそらく放射線は、草木を、土を、動物を確実に蝕んでいると思う。僕たちも少しは被爆したのかもしれない。しかしそれは見た目にはわからず体を浸食していく、その不安をヒシヒシと感じていた。

◎目には見えない

その後、僕たちは村の住人の方に話を聞くことができた。彼女の家は、JCOから約800mしか離れていないという。東海村には各家庭に無線機が設置されていて、事故の第一報は、無線機で知らされたらしい。しかしあまり緊急事態という感じはしなかったそうだ。

彼女の話からは、マスコミの報道と住民の認識とは、ずいぶんちがっていることがうかがえた。また、私たちが見たかぎりでも、JCOの近辺は何事もなかったかのように淡々としていた。

今回のJCO事故は、臨界という現象によって、目に見えない放射線(中性子線)が飛び散り、それが周囲に影響を与えたというものだ。臭いがしたり火柱があがったりするわけではない。目に見えない、何だかわからない「物」が知らないうちに人体を冒していく。そんな怖さがある。

この事故がどれくらいの被害だったのか、その影響はどこまで現れるのか、目に見えないだけにとてもゾッとした。【信田風馬・18歳】

~メモ~
JCOは燃料加工施設で、原子力発電所ではない。原発で使われる燃料を作っている施設だ。
1999年9月30日、JCO東海事業所で臨界事故が発生。このとき加工していたのは高濃縮ウラン溶液といって、通常の原発で使う燃料ではない。JCOの設備を上回る危険な作業をしていたのである。話題になったようにステンレスのバケツで作業をし、分量のミスなどから臨界状態になった。この事故で、作業をしていた3人が大量被ばく、そのうち1人が死亡。被ばく総数は439人と発表されている(科学技術庁)。
事故の際、350m以内の住民に退避勧告、10㎞以内の住民に屋内待避勧告が出された。科学技術庁は「ただちに健康に影響はない」と話しているが、どれだけの影響があるのかはわからないのだろう。今年2月には、周辺住民約100人が「臨界事故被害者の会」を結成している。
なお、JCO東海事業所は事業許可が取り消されることになっている。

※2000年3月1日 不登校新聞掲載