この際だから、言わせてもらうけど「獅子舞」の獅子と本物のライオンは似てないと思う。幼きころ「誰だよ、こんなデタラメに描いたのは」と憤慨した。今回はお正月ということもあり、幼きころの疑問をはらすため、獅子舞にスポットをあてた。

◎獅子の由来

 獅子舞の前に「獅子」が神聖な動物として扱われはじめたのは、紀元前3500年ごろの古代王国・シュメール(※注1)である。当時の遊牧民たちは家畜をおそうライオンを恐れていた。当たり前だが、野放しのライオンはムチャクチャ恐い。だから、ライオン退治を成功させた勇者が人々に絶対的な支援を受け「王」となった。以後、ライオンは「王」や「力強い生命」の象徴として、置物や絵のなかにバンバン登場する。当時、デザインとして、わかりやすくてナウイ(※注2)「ライオングッズ」はヨーロッパへ広がっていった。

 関係ないけど、古代エジプトでは7~8月の夏は「獅子宮」という名で呼ばれていた。獅子宮の時期、ナイル川が増水し氾濫する。ナイル川が氾濫し、田畑に水と栄養のある土が運ばれることで、良質な田畑ができあがる。ここから、ライオンと水のイメージがくっつき、口から水を吐き出すライオンの置物がつくられた。

 そんなこんなで、ライオングッズはヨーロッパにとどまらず、インド、中国、東南アジアなどにも広がった。広まる途中で仏教とくっつき、獅子舞が誕生することになった。日本には538年の仏教伝来とともに伝わったと言われている。(石井志昂)
 

◎世界の獅子舞

 東南アジアから日本にかけて存在する獅子舞は、地域によって一つひとつがとても個性的。それがどのようか、紹介する。

 もともと獅子舞は、悪霊や厄払いの意味がある。でも、中国では「獅子」というものが伝わる以前から「き頭」という呪物をつくっていた。き頭とは悪霊払いや豊作などをもたらす神の頭を再現したもので、その顔は「筆舌に尽くせぬほど、みにくく不気味」とされていた。そのため、き頭の顔はすべてが大きく派手で、色男とはほど遠い顔つきと言える。古代では死人の頭を使っていたこともある。神様に対して今のようにあまり神々しいイメージではなかったのかもしれない。ラオスの旧正月に行なわれる獅子舞の獅子頭は、死者の顔に似せてつくられている。獅子はザンバラ髪のような体毛に大きな目と口。でもなぜか鼻の穴が一番大きかった。バリ島の獅子舞は「バロン踊り」とされ、獅子のほかに魔女も出てきて、両者は死闘をくり広げる。昨年、富岡八幡宮の本祭りでバロン踊りをみたが、そのとき、魔女はまわりにいる人たちにものすごい勢いで何語ともつかぬ魔女語かなにかで、ガミガミ言っていて面白かった。それが死闘の最中とは知らなかった。

 だいたいは旧正月に悪疫払いの意味で行なわれるが、中国ではおめでたいとき、けたたましいバクチク音とともに、獅子舞のパレードが行なわれてきた。現在でも獅子舞の世界大会が毎年行なわれ、開催地はインドネシア、中国、シンガポールと各地をまわっている。

◎日本の獅子舞

 日本の獅子舞といえば、赤い顔に太いまゆげ、からくさ模様のふろしきから細足、というイメージがある。これは寿獅子舞と言い、おもにおめでたいときに行なわれる。ところが、日本には多くの市町村、区に独自の獅子舞がいるのだ。数えきれないほど変わったのがいる。私は東京に住んでいるので、東京都足立区の『花畑獅子舞』を取材させてもらった。

 花畑獅子舞は3匹獅子舞で「男獅子」「中獅子」「女獅子」と名前がついている。一人ひとりが立ってお腹に太鼓をかかえ、獅子頭をつける。獅子頭にシャモの羽を逆立てたような髪をつけている。お正月の獅子舞とはだいぶちがう。なんかかっこよかった。

 この獅子舞を含め、関東の獅子舞は夏から秋ごろに行なわれている。夏になると病気がはやり、雨が降らずに作物がとれなくなることから、厄よけの意味ではじまった。

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 獅子舞といえばお囃子だが、お囃子名人にはあだ名をつける習わしがあり、眠りながらでも笛を吹き続けたと言う、伝説のお囃子名人『居眠り金チャン』(健在)の肖像もあった。あなたもお囃子名人になって、あだ名をつけられてみてはいかがだろうか。(山本菜々子)

※注1シュメール
 現在のイラク、メソポタミア南部のチグリス川・ユーフラテス川の下流域。世界最古の文明のおこった地方。

※注2ナウイ
 ナウは英語の「Now」。日本語では「今」。ナウイは、いまどき、いま流行っている、という意味。80年代にカッコEなどと、英語を交ぜた言葉が流行し、20世紀中には、ほぼ絶滅した。

2003年1月1日 不登校新聞掲載