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	<description>不登校、教育、社会問題を発信する新聞『Fonte』</description>
	<pubDate>Sun, 07 Mar 2010 15:00:43 +0000</pubDate>
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		<title>声優・高野麗さんに聞く（前）　たった一度の人生だから自分で決断する</title>
		<link>http://www.futoko.org/special/special-24/page0308-634.html</link>
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		<pubDate>Sun, 07 Mar 2010 15:00:43 +0000</pubDate>
		<dc:creator>fonte</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[10年3月特集-春のアニメ祭り！！]]></category>

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		<description><![CDATA[Ｑ全寮制の高校に通われていたそうですね。
　男女共学で海外からの留学生もいて、とにかくいろんな人のいる学校でした。
「自由」を重んじる校風で最初はそれにとてもとまどい翻弄されボロボロになりました。自由という一見甘い言葉に惑わされ、それに伴う責任の重さを痛感したからです。自らの意志で選択したことなのに、そのいわゆる“オトシマエ”がつけられなくて自分の甘さに気づき、また傷つきましたね。
Ｑそこでは、どんなことを感じられましたか。
　既成の概念に捕らわれているなーといつも感じていましたね。いつのまにかこれはいけないこと、これはいいことという概念を植えつけられているんですよね。考えることなしにそれらの概念を受け入れている自分に納得いきませんでしたねー。たとえば、未成年はタバコを吸っちゃいけないという。だけど、どうしていけないの？　って考えると、法律で決まっているから、体に悪いから……それで自分で納得できるならいいけど、納得できなかったら、誤解を恐れずに言うとどう悪いのか試してみればいいじゃないかと思うんです。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><a href='http://www.futoko.org/wordpress/wp-content/uploads/2010/02/takano.jpg'><img src="http://www.futoko.org/wordpress/wp-content/uploads/2010/02/takano.jpg" alt="高野麗さん" class="alignnone size-full wp-image-635" /></a></p>
<p><strong>―全寮制の高校に通われていたそうですね。</strong><br />
　男女共学で海外からの留学生もいて、とにかくいろんな人のいる学校でした。<br />
「自由」を重んじる校風で最初はそれにとてもとまどい翻弄されボロボロになりました。自由という一見甘い言葉に惑わされ、それに伴う責任の重さを痛感したからです。自らの意志で選択したことなのに、そのいわゆる“オトシマエ”がつけられなくて自分の甘さに気づき、また傷つきましたね。</p>
<p><strong>―そこでは、どんなことを感じられましたか。</strong><br />
　既成の概念に捕らわれているなーといつも感じていましたね。いつのまにかこれはいけないこと、これはいいことという概念を植えつけられているんですよね。考えることなしにそれらの概念を受け入れている自分に納得いきませんでしたねー。たとえば、未成年はタバコを吸っちゃいけないという。だけど、どうしていけないの？　って考えると、法律で決まっているから、体に悪いから……それで自分で納得できるならいいけど、納得できなかったら、誤解を恐れずに言うとどう悪いのか試してみればいいじゃないかと思うんです。<br />
　「自由」ということにしたってきちんとその意味を考え苦労して体験してきた人にしか語れないんじゃないのかなぁ。「戦争」にしたってそこをくぐりぬけてきた人にしか本当の意味での「平和」は語れないのかもしれないですね。とにかく高校生のころは自分のセオリー、自分のルールをつくりあげるのにずいぶん痛い思いをした時代だったと思います。</p>
<p><strong>―オーストラリアに留学する以前に米国に行っていたと聞きましたが？</strong><br />
　初めて行ったのは14歳のときです。語学力も皆無に等しかったのに、アメリカ人と文通で親しくなり図々しく2カ月も滞在させてもらいました。今から思うとホント無謀ですよね。だけどそれだけに言葉が話せたらいいなーと切実に思いましたね。この経験がバネになり後にオーストラリアに留学するという決断につながるわけです。でも言葉の大切さもさることながら言葉がよく伝わらないのにできた人と人との交流は今でも支えになっていて、そのころのアメリカ人の友だちとはいまだに手紙のやりとりをしています。</p>
<p><strong>―子どものころ、あこがれていた職業はありましたか？</strong><br />
　昔から、私は何にでもなれるって思っていました。でも、最初に持った夢とかなりたかったものになれただろうかというと、私はなれてないんです。私の場合、最初から声優になりたくて声優を目指したわけではないんですね。<br />
　ずいぶん挫折してますよ。ホントまちがいだらけの人生だと思います。でもまちがっちゃたり寄り道したおかげでできた友だちや経験が私の人生のうえでの宝物になっていることも事実なんですね。だからいいんじゃないのかな。夢は必ずかなうって信じるけど、その夢は変わっていっても……。「気が変わっちゃった」ってときにはアッケラカンと自分を許してあげることも大事だと思うんです。<br />
（つづく）</p>
<p>高乃麗（たかのうらら）1961年千葉県生まれ。声優。<br />
主な出演作品、『サクラ大戦シリーズ』マリア・タチバナ役、『爆走兄弟レッツ&#038;ゴー!!』鷹羽リョウ役、『爆転シュートベイブレード』火渡カイ役など。</p>
<p>2001年3月1日　不登校新聞掲載</p>
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		<title>子どもの権利基本法策定へ議論</title>
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		<pubDate>Sun, 28 Feb 2010 15:00:55 +0000</pubDate>
		<dc:creator>fonte</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[ニュース]]></category>

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		<description><![CDATA[　広島市が制定を目指していた「広島市子ども条例」が、今年度中の制定を見送ることがわかった。一方、子どもの権利条約総合研究所は、3月6日～7日に開かれる「フォーラム子どもの権利研究2010」で「子どもの権利基本法（仮称）」の制定に向けた議論を進める意向を示している。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　広島市が制定を目指していた「広島市子ども条例」が、今年度中の制定を見送ることがわかった。一方、子どもの権利条約総合研究所は、3月6日～7日に開かれる「フォーラム子どもの権利研究2010」で「子どもの権利基本法（仮称）」の制定に向けた議論を進める意向を示している。</p>
<p><strong>◎ 広島市子ども条例、先送り</strong><br />
　「広島市子ども条例」は広島市が2004年から制定を目指していた。条例案によると、子ども条例は、日本国憲法、子どもの権利条約の理念にのっとり、子どもの権利の尊重・擁護を目的とした条例。基本理念としては「子どもにとって最善の利益が考慮されること」「子どもと大人の信頼関係を基本に社会全体で取り組まれること」などが掲げられた。具体的に尊重すべき権利としてあげられていたのは、虐待やいじめを受けることなく安全な環境のもとで「安心して生きる権利」、情報を入手し自由に意見を表明できる「参加する権利」、「豊かに育つ権利」の3点。このうち「豊かに育つ権利」が尊重されるための施策として、「子どもが安らかにすごすことのできる居場所づくり」と「不登校の子どもの学校への復帰および将来における自立のための支援」が挙げられていた。このほかには、権利侵害の救済を目的とした第三者機関「子どもの権利擁護委員会」の設置、「子どもは18歳未満であること」、などの文言が盛り込まれていた。<br />
　昨年12月から約1カ月間、広島市が条例案について意見を募集したところ、約2100通の意見が寄せられ、そのうち1800件が制定そのものへの反対意見だった。広島市ＰＴＡ協議会は正式に条例の制定に反対する要望書を広島市に提出。理由としては「条例の必要性を理解できない」「家族の絆を否定するものである」「誤用や曲解による悪用などが生じる危険性がある」「家庭でのしつけや学校での指導ができなくなる」といった意見だった。</p>
<p><strong>◎ 子ども法制の見直しを</strong><br />
　一方、3月6日～7日、東洋大学にて開かれる「フォーラム子どもの権利研究2010」では「子どもの権利基本法（仮称）」の制定について話し合いが行なわれる。子どもの権利条約総合研究所は「厳罰主義やゼロトレランス（寛容さゼロ）の進行などを背景に、子どもの権利を後退させる政策や法改正がなされている。こうした現状を踏まえ、子ども法制、子ども政策の見直しをどう進めていくべきかについて検討したい」と話している。フォーラムでは、この子どもの権利基本法の提案とともに、二つのシンポジウムと福島みずほ内閣府特命担当大臣による特別スピーチなどが予定されている。詳細は03・3203・4355まで。</p>
<p><strong>■メモ「子どもの権利条例」</strong><br />
　子どもの権利条例は、国連子どもの権利条約を各自治体レベルで具現化しようというもの。各自治体の条例は、①原則条例（子どもの権利の理念・原則・施策の方向性を定めたもの）、②個別条例（権利侵害に対する救済規定など）、③総合条例（理念、救済規定、施策の指針など）の3つに大別される。日本初の子どもの権利条例は兵庫県川西市の「川西市子どもの人権オンブズパーソン条例」（98年制定）。子どもオンブズマン（子どもの利益の擁護者）の特化条例として注目された。また、初めて総合条例を制定したのが神奈川県川崎市（00年制定）であった。</p>
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		<item>
		<title>第4回　小西剛史「隣る人」</title>
		<link>http://www.futoko.org/column/column-7/page0301-643.html</link>
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		<pubDate>Sun, 28 Feb 2010 15:00:26 +0000</pubDate>
		<dc:creator>fonte</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[小西剛史「隣る人」（連載中）]]></category>

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		<description><![CDATA[　わたしはお金をもらって子どもたちの養育をしています。要するにプロなわけです。プロと言うからには完璧が求められますし、失敗は許されません。しかし完璧な子育てとはどのようなものなのだろうか、また何が子育てにおける失敗なのだろうかといつも考えさせられます。
　さまざまな研修を受けたり、日常のなかで感じる施設職員の陥りやすい課題として“よい子、できる子、すなおな子”を育てようとしすぎる傾向があります。結果的にそれは許容範囲の狭い対応になり、子どもの自発的行動を失わせ、大げさに言えば自立を妨げることにつながるとさえ感じます。私が考える自立とは、自分の意思で人生を切り開き、そこで直面する困難に耐えうる精神力を持つことです。
　大人になるまでにいろいろなことに挑戦し冒険する必要があると思いますが、冒険することには当然危険が伴うものです。その危険を避けるために子どもを制限するということは、一見子どものためのような気がしますが、本当に大切なものを追究するのが真の養育者であるならばそれはもっともかんたんで手抜きの対応だと思います。もちろん命の危険にさらされるような場面では制限するべきですが、たいていの場合は許容範囲をできるだけ広げ、時にはいっしょに悪いことをしてしまうくらいの勢いが必要だと思います。
　子どもたちは、大人から見て少々危険な遊びをしているときのほうが本当に真剣で満足そうな笑顔をしています。大切なことは無駄なリスクを軽減させたり、どれだけともに背負い伴走することができるかということなんだとつくづく感じさせられます。責任問題が念頭に来るとどうしても子どもにとってリスクが少なく失敗させないような対応をしがちですが、養育者は管理者になってはいけないのです。
　子どもを育てる大人は自身の責任を問われることを恐れてはいけない、いっしょにリスクを背負ってくれた大人が責任を問われるようなとき、それを目の当たりにした子どもが深い絆を感じるならばもはやそれは失敗ではないのです。
　子どもたちの自発的な挑戦を支え、立ち直れなくならない程度の失敗をさせることこそ、失敗が許されないわれわれ養育者の責任…。んー、わけが分からなくなってきた。いずれにしてもわれわれの働きの成果は子どもたちが巣立ってから分かるものだということでしょう。
■光の子どもの家／1985年7月に設立された児童養護施設。現在36名が利用中。徹底して子どもに寄り添った養育方針が「隣る人」と呼ばれる新しい養育理念を生んだ。今年12月、「自立進学基金」を創設した。
※2010年3月1日　Ｆｏｎｔｅ掲載
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　わたしはお金をもらって子どもたちの養育をしています。要するにプロなわけです。プロと言うからには完璧が求められますし、失敗は許されません。しかし完璧な子育てとはどのようなものなのだろうか、また何が子育てにおける失敗なのだろうかといつも考えさせられます。<br />
　さまざまな研修を受けたり、日常のなかで感じる施設職員の陥りやすい課題として“よい子、できる子、すなおな子”を育てようとしすぎる傾向があります。結果的にそれは許容範囲の狭い対応になり、子どもの自発的行動を失わせ、大げさに言えば自立を妨げることにつながるとさえ感じます。私が考える自立とは、自分の意思で人生を切り開き、そこで直面する困難に耐えうる精神力を持つことです。<br />
　大人になるまでにいろいろなことに挑戦し冒険する必要があると思いますが、冒険することには当然危険が伴うものです。その危険を避けるために子どもを制限するということは、一見子どものためのような気がしますが、本当に大切なものを追究するのが真の養育者であるならばそれはもっともかんたんで手抜きの対応だと思います。もちろん命の危険にさらされるような場面では制限するべきですが、たいていの場合は許容範囲をできるだけ広げ、時にはいっしょに悪いことをしてしまうくらいの勢いが必要だと思います。<br />
　子どもたちは、大人から見て少々危険な遊びをしているときのほうが本当に真剣で満足そうな笑顔をしています。大切なことは無駄なリスクを軽減させたり、どれだけともに背負い伴走することができるかということなんだとつくづく感じさせられます。責任問題が念頭に来るとどうしても子どもにとってリスクが少なく失敗させないような対応をしがちですが、養育者は管理者になってはいけないのです。<br />
　子どもを育てる大人は自身の責任を問われることを恐れてはいけない、いっしょにリスクを背負ってくれた大人が責任を問われるようなとき、それを目の当たりにした子どもが深い絆を感じるならばもはやそれは失敗ではないのです。<br />
　子どもたちの自発的な挑戦を支え、立ち直れなくならない程度の失敗をさせることこそ、失敗が許されないわれわれ養育者の責任…。んー、わけが分からなくなってきた。いずれにしてもわれわれの働きの成果は子どもたちが巣立ってから分かるものだということでしょう。</p>
<p>■光の子どもの家／1985年7月に設立された児童養護施設。現在36名が利用中。徹底して子どもに寄り添った養育方針が「隣る人」と呼ばれる新しい養育理念を生んだ。今年12月、「自立進学基金」を創設した。</p>
<p>※2010年3月1日　Ｆｏｎｔｅ掲載</p>
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		</item>
		<item>
		<title>第3回　小西剛史「隣る人」</title>
		<link>http://www.futoko.org/column/page0301-631.html</link>
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		<pubDate>Sun, 28 Feb 2010 15:00:18 +0000</pubDate>
		<dc:creator>fonte</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[コラム]]></category>

		<category><![CDATA[小西剛史「隣る人」（連載中）]]></category>

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		<description><![CDATA[　近年、多くの子どもたちが虐待により施設に入所してきます。子どもの数そのものは減っているのに被虐待児が増えている理由はいくつかありますが、多くのケースを見ていて感じることは（親などが）追い詰められた状況のときに心の支えになる人がいなかったということです。前号で述べた『大人には逃げ場がある』というのは社会的なことであって、親子関係には極端に言ってしまえば永遠に逃げ場がないと思います。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　近年、多くの子どもたちが虐待により施設に入所してきます。子どもの数そのものは減っているのに被虐待児が増えている理由はいくつかありますが、多くのケースを見ていて感じることは（親などが）追い詰められた状況のときに心の支えになる人がいなかったということです。前号で述べた『大人には逃げ場がある』というのは社会的なことであって、親子関係には極端に言ってしまえば永遠に逃げ場がないと思います。<br />
　そしてもう一つは、日本という国が科学技術の進歩や物質的な豊かさを手にいれたことなどによって忍耐しなければならないことが非常に少なくなったり、ほしい物を手にいれることが容易な時代になったからではないかと思います。<br />
　日常生活のなかでどんなに忍耐することが少なくなっても、子育てや人間関係には“いつの時代も変わらない忍耐”が時には必要なはずですし、それらを経て手にいれることができる人との関係も当然容易に手にいれることができるはずはないのです。<br />
　暑かったらエアコンをつけ、お腹が空いたらコンビニやレストランでいつでも腹を満たすことができ、暇ならテレビをつけ、誰かとコミュニケーションを取りたくなったらいつでもどこでも携帯から……そんな日常生活のなか、子育ても手軽に楽しく思い通りに行くはずだと錯覚してしまうのではないでしょうか。<br />
　核家族化が進み、親にとって後ろ盾がない状況で、忍耐することができない大人が忍耐できない子どもを育てていれば問題が起きないはずがないことは容易に想像がつきます。<br />
　と、えらそうなことを言っていますが、私自身も便利な世のなかで生まれ育ってきた忍耐のできない人間でありながら、虐待などで措置されてきた子どもたちの養育に関わっています。養育のプロとして職員どうし、たがいに支え合い、毎日語り合っているからこそ何とか維持できているようなものです。ここに来ることになった子どもたちの親と同じ状況下で、はたして自分はそのとき穏やかに子どもと接することができるだろうか……。かなり追い詰められた状況で、人が起こす行動はそれほど大差がないのではないでしょうか。行くところまで行ってしまうかどうかの境目は、追い詰められたときに隣に支えてくれる人がいるかいないか、それだけではないかと思います。<br />
　少なくとも光の子どもの家で育った子どもたちにとって、隣にいる人、最終的な助けになる人であり続けたいと思っています。</p>
<p>※2010年2月15日　Fonte掲載</p>
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		</item>
		<item>
		<title>Fonte No.285 Date. 2010.03.01</title>
		<link>http://www.futoko.org/fonte/page0301-641.html</link>
		<comments>http://www.futoko.org/fonte/page0301-641.html#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 28 Feb 2010 15:00:05 +0000</pubDate>
		<dc:creator>fonte</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[fonte目次]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.futoko.org/?p=641</guid>
		<description><![CDATA[１面　子どもの権利基本法策定へ議論
　　　広島市子ども条例、先送り
２面　連載「いのちとはなにか」
　　　社会学者・市野川容孝さん に聞く
３面　集会「子どもの貧困」
　　　コラム「隣る人」
４面　わが家の場合
　　　はっつけアート
５面　拡大編集会議、新企画続々！！
　　　いざ、「ゲームへの道」へ
６面　都立三鷹高校元校長
　　　土肥信雄さん講演録①
７面　土肥信雄さん講演録②
　　　不登校の歴史・奥地圭子
８面　親の会情報、infomation ほか
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>１面　<a href="http://www.futoko.org/news/page0301-640.html">子どもの権利基本法策定へ議論</a><br />
　　　広島市子ども条例、先送り</p>
<p>２面　連載「いのちとはなにか」<br />
　　　社会学者・市野川容孝さん に聞く</p>
<p>３面　集会「子どもの貧困」<br />
　　　コラム「隣る人」</p>
<p>４面　わが家の場合<br />
　　　はっつけアート</p>
<p>５面　拡大編集会議、新企画続々！！<br />
　　　いざ、「ゲームへの道」へ</p>
<p>６面　都立三鷹高校元校長<br />
　　　土肥信雄さん講演録①</p>
<p>７面　土肥信雄さん講演録②<br />
　　　不登校の歴史・奥地圭子</p>
<p>８面　親の会情報、infomation ほか</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>声優・関智一さんに聞く　学歴よりも感動が大事</title>
		<link>http://www.futoko.org/special/special-24/page0301-632.html</link>
		<comments>http://www.futoko.org/special/special-24/page0301-632.html#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 28 Feb 2010 15:00:04 +0000</pubDate>
		<dc:creator>fonte</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[10年3月特集-春のアニメ祭り！！]]></category>

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		<description><![CDATA[　家にとじこもっていたとき、テレビを観る機会が多かった。
　アニメーションだけだったら、平面でただの絵だけど、声優さんが声だけで演じることによって、「ただのアニメ」が、生きたものになる感じがして「スゴイ！」と感じ、声優に興味を持った。
　声優としてご活躍中の関智一さんにお話を伺った。【長野子ども編集会議】]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　家にとじこもっていたとき、テレビを観る機会が多かった。<br />
　アニメーションだけだったら、平面でただの絵だけど、声優さんが声だけで演じることによって、「ただのアニメ」が、生きたものになる感じがして「スゴイ！」と感じ、声優に興味を持った。<br />
　声優としてご活躍中の関智一さんにお話を伺った。【長野子ども編集会議】</p>
<p><a href='http://www.futoko.org/wordpress/wp-content/uploads/2010/02/seki-tomokazu.jpg'><img src="http://www.futoko.org/wordpress/wp-content/uploads/2010/02/seki-tomokazu.jpg" alt="" title="関智一" width="300" height="208" class="alignnone size-full wp-image-633" /></a></p>
<p><strong>―声優になろうと思われた時期、きっかけは何ですか。 </strong><br />
　テレビが好きで、刑事ドラマを見ると刑事に、お医者さんのドラマを見るとお医者さんになりたいなと思うようになって、そんなに欲張りだとどれになっていいかわからなくて親に相談したら、父が「役者さんになったらいいよ」と言ったんです。役者だといろいろな職業になりきることができるからって会話したのが自分の中で意識した一番最初です。<br />
　僕は、小学校の途中くらいからテレビとか映画に出てくる人はかっこよかったり運動神経が良かったりしないとなれないんじゃないかと思って、誰に何を言われてもないのに自分一人で挫折感を味わって、でもお芝居は続けていきたいのでどういうふうにやったらいいかなと思ったときに、「声だけだったらいいや」っていう感覚で声優になろうと思いました。</p>
<p><strong>―声優にはどのような訓練や勉強が必要ですか。</strong><br />
関　お芝居って法則とかがないので、上手くなるために何を練習したらいいのか見定めるのが難しいんですよ。だから、自分が興味を持ったことは「何でも思いっきり知ってみる」そういう好奇心が強いといいんじゃないかな。</p>
<p><strong>―声優になるために学歴は必要ですか。</strong><br />
　いや、学歴はいらないですね。誰かが「本当の勉強は感動することだ」と言っていたので感動することができれば自然に覚えたりとか身に付いたりとかするじゃないですか。</p>
<p><strong>―自分の考え方や生き方を貫いてゆくなかで周囲の反対があると思いますが、そのようなことはありましたか。</strong><br />
　僕の場合は面と向かって「やめた方がいい」と言ったのは両親ぐらいだったので、あんまり悩まずにやりたいんだからやると考えました。</p>
<p><strong>―なるために声質の向き不向きはありますか。　</strong><br />
　僕はあんまり関係ないんじゃないかなと思っています。いろんな種類の人間がいるじゃないですか、だからきれいな人とかかっこいい人ばっかり集まってても味気ないし、いろんな特徴のある声の人がいっぱいいたほうがおもしろくなる。声質がかっこいいからかっこいい役ができるわけじゃなくて、しゃべり方とかも影響してくるので人間性が出せれば、声とか関係なく声優や役者にはなれると考えてます。</p>
<p><strong>―一番必要なことはなんだと思われますか。</strong><br />
「いいかげんさ」かな。声優さんはある一定の期間のあいだにいっぱいの役を演じないといけなかったりとかすることが多いんですよ。一日に3役とか4役とか。一個に集中しすぎてそれの切り替えがきかなかったりすると疲れてしまう仕事なので、「ちょうどいいかげん」という意味で切り替えができる感じがいいんじゃないですかね。</p>
<p><strong>―さまざまな活動をなさっていますが、なぜ舞台などもやってみようと思われたのですか。</strong><br />
　舞台は元々好きだったこともあるし、声優さんと舞台というのは根っこは同じ「人物を演じる」ところでくっついてる。木にたとえるとわかりやすいんですけど、お芝居という木があって、枝がいっぱいあってその枝の一本が声優とか、舞台とか、いろいろそういうふうに分かれているという感じだと思います。表現の仕方をいろいろ学びたいということもあって、声優やったり、舞台やったりしています。</p>
<p><strong>―今後どのようなことをしていきたいと思っていらっしゃいますか。</strong><br />
　そのときどきで興味のあるものをやっていきたいなと思っていますが、なにより、自分が楽しんで生きていけるようなことを今後も続けてゆきたいです。それを見て下さってる方が喜びを感じてくれたりすれば、この上なく嬉しいなというぐらいです。僕は料理作ったりするのとかも好きなんで、お金に余裕があればお店なんかやれたらいいなとも思うし、本当にいつも夢は尽きず、死ぬまでやりたいものをずっと見つけて、楽しくて愉快なおじいちゃんになれるといいなと思っています。</p>
<p><strong>―声優になりたい人たちに一言お願いします。</strong><br />
　本当の意味でお芝居を好きになってもらい、自分の感動できるものにいっぱい触れて、感動することを楽しめるような人間とか大人になっていけるといい役者さんになれるんじゃないかなと思います。</p>
<p><strong>―ありがとうございました。</strong>【長野子ども編集会議／柏あかり（15）、鈴木里美（16）、久本香織（16）】</p>
<p>関智一（せきともかず）1972年東京都生まれ。声優。<br />
主な出演作品、『機動武闘伝Gガンダム』ドモン・カッシュ役、『ポケットモンスター』ケンジ役、『リニューアル版・ドラえもん』スネ夫役、『アニメ版・のだめカンタービレ』千秋真一役など。</p>
<p>2001年2月1日　不登校新聞掲載</p>
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		</item>
		<item>
		<title>男は不登校で涙していい</title>
		<link>http://www.futoko.org/special/special-23/page0222-623.html</link>
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		<pubDate>Sun, 21 Feb 2010 15:00:44 +0000</pubDate>
		<dc:creator>fonte</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[10年2月特集-お父さんと不登校]]></category>

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		<description><![CDATA[　不登校でもっとも厄介な問題は、子ども自身の混乱ではなく父親の家族内でのあり様である、と言われ続けてきた。私自身も父親として家族（おもに妻）から同様の批判を受け、また自分自身も悩み苦しんだ経験がある。なぜ、父親は子どもと家族に寄り添えないのだろうか。この問題を図Ａを手がかりに、父親の立ち位置の視点からから考えてみよう。

<img src="http://www.futoko.org/wordpress/wp-content/uploads/2010/02/titi-zua.gif" alt="" title="図A" width="227" height="216" class="alignnone size-full wp-image-624" />]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>大岡清一（福島県）</p>
<p>　不登校でもっとも厄介な問題は、子ども自身の混乱ではなく父親の家族内でのあり様である、と言われ続けてきた。私自身も父親として家族（おもに妻）から同様の批判を受け、また自分自身も悩み苦しんだ経験がある。なぜ、父親は子どもと家族に寄り添えないのだろうか。この問題を図Ａを手がかりに、父親の立ち位置の視点からから考えてみよう。</p>
<p><img src="http://www.futoko.org/wordpress/wp-content/uploads/2010/02/titi-zua.gif" alt="" title="図A" width="227" height="216" class="alignnone size-full wp-image-624" /></p>
<p>　子どもが不登校になったとき、最初に父親は①の「学校・社会（企業）」の位置から考えようとする。この①の位置からは②の「家族（子ども）」に問題がありと、いわば客観性を武器に結論を求めようとする。不登校は妻の育て方の問題であり、また、学校に行けない子どもは弱い存在であって、このような状態では父親が日々格闘している厳しい企業社会を生きていけないと、競争の論理で理論構築し納得させようとする。私は、家族の問題に客観性や競争の論理を持ち込み論じることほど不毛なことはないと思っている。<br />
　しかし、①の「学校・社会（企業）」で生きる父親も、家族の一員として子どもの不登校と向き合わざるを得ない。こうして父親は①と②のあいだで揺れ動くこととなる。この動揺の期間が短くてすむ人、長い時間を要する人もあり、その個人差は大きい。この時期、父親は子どもの混乱とかかわるなかで、理屈では家族に寄り添いたい感情も生まれてくるが、もう一つの感情がそうさせることを許さず、悩みと苦しみの振幅が大きい。<br />
　次に、①の価値観で生きてきた自分自身の肯定と否定の矛盾から徐々に解放され、①と②の両方が見て取れる位置③に立つことができるようになる。この時、父親は①の立ち位置から少しだけ自由になることができたのである。父親には子どもと家族を否定することなく、温かく包み込む感情が身体の各所から湧き上がり、子どもがとても愛おしく大切な存在として受けとめることができるようになる。他者からのさり気ない優しい言葉や温かな人とのふれあいに心をゆさぶられ、涙もろい父親に変身するのである。父親の流す涙は企業論理や競争からの浄化作用でもある。男として涙を流す機会などそう多くはないので、自己回復のために大切に流してほしいと思う。<br />
　最後に、③の立ち位置が確保できたとき、少しずつ④の位置に移動することが可能になる。立ち位置が④に移動するほど、①の「学校・社会（企業）」と②の「家族（子ども）」がよく見える地点に立つことができるようになる。また、図Ａでは平面にしか描かれていないが、④への移動は上方への俯瞰性を持ち、全体像が一点から見て取れるようになる。曇りのない自由な目で見える対象は、これまで見てきたものとはまったく異なるものとして捉え直すことができるのである。<br />
　こうしてわが子の不登校は、父親に①の「学校・社会（企業）」で生きることを強制させてきた拘束を父親みずからが解き放ち、自由な思考への道標を与えてくれることとなったのである。子どもの不登校が家族、とくに父親へ与える影響は驚くほど大きい。天下・国家を論ずるのが男の甲斐性などと、家族を顧みなかった人間こそ不登校が有り難く大切であったと知らされるのである。「神は細部に宿り給う」という。不登校という「小さな神」は、何ものにも代え難い大切な存在である。</p>
<p>2008年7月1日　Ｆｏｎｔｅ掲載</p>
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		<title>自殺者12年連続3万人超</title>
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		<pubDate>Sun, 21 Feb 2010 15:00:43 +0000</pubDate>
		<dc:creator>fonte</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[ニュース]]></category>

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		<description><![CDATA[　1月26日、警察庁が2009年の自殺者数のまとめ（暫定値）を発表した。まとめによると、2009年の自殺者は3万2753人。12年連続で3万人を超えたことがわかった。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　1月26日、警察庁が2009年の自殺者数のまとめ（暫定値）を発表した。まとめによると、2009年の自殺者は3万2753人。12年連続で3万人を超えたことがわかった。</p>
<p>　警察庁のまとめによると、2009年の自殺者は3万2753人。前年より504人（1・6％）増加した。自殺者が3万人を越えるのは12年連続で、1978年の統計開始以来、5番目の多さだった。<br />
　月ごとに見ると、年度末から年度初め（3～5月）にかけての自殺者が毎月3000人を超えたほか、それ以外の月でも2500人前後と、依然として高止まりの様相に変化は見られなかった。<br />
　男女別に内訳を見ると、男性2万3406人、女性9347人だった。都道府県別に見ると、東京（2989人）、大阪（1982人）、神奈川県（1798人）の順に多かった。<br />
　これにさきがけ昨年末、政府は福島みずほ氏（内閣特命担当大臣）、大島敦氏（内閣府副大臣）、泉健太氏（内閣府大臣政務官）の政務三役のほか、清水康之氏（ＮＰＯ法人自殺対策支援センターライフリンク代表）、本橋豊氏（秋田大学医学部長）の両氏を加えて、内閣府に「自殺対策緊急戦略チーム」を発足させた。11月27日には『自殺対策100日プラン～年末・年度末に向けた「生きる支援」の緊急的拡充へ～』を発表した。<br />
　もっとも自殺者が増加する3月を「自殺対策強化月間（仮称）」と位置づけ、キャンペーンを進めていく予定。具体的には、①テレビＣＭや鉄道ポスターなどによる広報・啓発活動の実施、②多重債務などの各種相談事業の実施、③自殺統計データの解析・情報提供など、実施していくことが決まっている。</p>
<p><strong>◎ 子どもの自殺、実態調査へ</strong><br />
　2月5日、内閣府に設置されている自殺対策総合会議にて、「いのちを守る自殺対策緊急プラン」が策定された。「当事者本位」の視点に立ち、文部科学省や厚生労働省などの関係省庁のほか、地方公共団体や民間団体との連携も図るなかで、社会全体で自殺対策に取り組む構えだ。<br />
　「いのちを守る自殺対策緊急プラン」では、子どもの自殺に対する取り組みも盛り込まれており、具体的には、先日発足した「子どもを見守り育てるためのネットワーク推進会議」において、子どもを対象とした相談体制の充実や居場所づくりをすすめるほか、スクールカウンセラーやスクールソーシャルワーカーの加配も検討されている。<br />
　また、文科省は子どもの自殺の実態調査についても強い意欲を示している。子どもの自殺が起きた際の危機対応や背景などに関する調査を行なうなかで、子どもの自殺予防に取り組むとしているが、調査範囲や得られたデータをどこまで明示できるかについては課題も多い。<br />
　過去5年間の月別の平均自殺者数を見ても、3月から5月、とくに3月の平均自殺者数はほかの月に比べ突出している。年度末を来月に控えたいま、政府による短期的な緊急対策が急務と言える。</p>
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		<title>Fonte No.284 Date. 2010.02.15</title>
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		<pubDate>Sun, 21 Feb 2010 15:00:40 +0000</pubDate>
		<dc:creator>fonte</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[fonte目次]]></category>

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		<description><![CDATA[１面　自殺者12年連続3万人超
　　　09年警察庁まとめ
２面　連載「いのちとはなにか」
　　　社会学者・市野川容孝さん に聞く
３面　ユースフェスタ2010が開催
　　　東京シューレ葛飾中学校にて
４面　声
　　　はっつけアート
５面　拡大子ども若者編集会議を開催
　　　今年のテーマは「○○の道！」
６面　俳優・田口トモロヲさんに聞く①
　　　「オレの10代はド暗いよ」
７面　俳優・田口トモロヲさんに聞く②
　　　不登校の歴史・奥地圭子
８面　親の会情報、infomation ほか
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>１面　<a href="http://www.futoko.org/news/page0222-628.html?preview=true">自殺者12年連続3万人超</a><br />
　　　09年警察庁まとめ</p>
<p>２面　連載「いのちとはなにか」<br />
　　　社会学者・市野川容孝さん に聞く</p>
<p>３面　ユースフェスタ2010が開催<br />
　　　東京シューレ葛飾中学校にて</p>
<p>４面　声<br />
　　　はっつけアート</p>
<p>５面　拡大子ども若者編集会議を開催<br />
　　　今年のテーマは「○○の道！」</p>
<p>６面　俳優・田口トモロヲさんに聞く①<br />
　　　「オレの10代はド暗いよ」</p>
<p>７面　俳優・田口トモロヲさんに聞く②<br />
　　　不登校の歴史・奥地圭子</p>
<p>８面　親の会情報、infomation ほか</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>父親に不登校を受容させないものは…</title>
		<link>http://www.futoko.org/special/special-23/page0215-622.html</link>
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		<pubDate>Mon, 15 Feb 2010 07:05:07 +0000</pubDate>
		<dc:creator>fonte</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[10年2月特集-お父さんと不登校]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.futoko.org/?p=622</guid>
		<description><![CDATA[　「不登校と父親」のテーマで自分と息子たちを語ろうとすると、独特なほろ苦さを伴う気分が胸の底からゆらゆらと湧きあがる。長男が中学１年の半ばから学校へ行かなくなってから22年、３年下の二男も中学１年で学校へ行かなくなって約19年が過ぎた。長男はいじめに苦しみ、二男は丸刈り強制や教師の体罰が横行する学校に呆れて「学校に行く暇がない」と家で漫画製作にとり組んでいた。長男は89年に弁護士を始めた親父の法律事務所のスタッフになり、98年の全国不登校新聞社創立後は名古屋支局の仕事もして10年になる。二男は漫画家を志し、不登校新聞創刊号から10年漫画「森の喫茶店」を連載している。息子らと過ごした歳月をふり返ると、学校へ行かないことに心配し、悩み、葛藤したあの苦しみはいったい何だったのか。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>多田元（愛知県）</p>
<p>　「不登校と父親」のテーマで自分と息子たちを語ろうとすると、独特なほろ苦さを伴う気分が胸の底からゆらゆらと湧きあがる。長男が中学１年の半ばから学校へ行かなくなってから22年、３年下の二男も中学１年で学校へ行かなくなって約19年が過ぎた。長男はいじめに苦しみ、二男は丸刈り強制や教師の体罰が横行する学校に呆れて「学校に行く暇がない」と家で漫画製作にとり組んでいた。長男は89年に弁護士を始めた親父の法律事務所のスタッフになり、98年の全国不登校新聞社創立後は名古屋支局の仕事もして10年になる。二男は漫画家を志し、不登校新聞創刊号から10年漫画「森の喫茶店」を連載している。息子らと過ごした歳月をふり返ると、学校へ行かないことに心配し、悩み、葛藤したあの苦しみはいったい何だったのか。<br />
　長男は本紙「ひといき」欄の執筆を担当しているが、素直な文章でさらりとイミシン（意味深長）な表現をし、独自の世界をもっていることを感じさせられる。二男も漫画で独特のユーモラスな世界を展開している。息子らの不登校で葛藤していた当時の私には想像もできなかったことだ。<br />
　このようなことは不登校を過ごした子どもを見守った多くの親が体験することだろう。まさに「心配しないで不登校」、「不登校はこわくない」だ。<br />
　しかし、親の会の活動や相談活動を通じて見えてくるのは、子どもを受けとめようと苦闘する親の多数は母親で、その母親らが語る父親の姿は、学校に行けない子どものあり方を「弱さ」として否定し、ときには暴力も伴って叱咤激励したり、子どもの将来を悲観してかかわりを避けたり、子育ては母親の責任だと逃避する無力さが見える。そのような父親の態度の根底には企業社会の競争原理に飲み込まれた人間の不安があるように思われる。とくに社会福祉がひどく貧困なわが国は、障害者や高齢者など「弱き者」は切り捨て、置き去りにされるという不安を誰しも抱く。「弱さ」を認めあい、助けあい、支えあってともに生きられる、つながりある社会という信頼感は薄い。それゆえに競争原理の不安の落とし穴に飲み込まれやすい。それが学歴信仰やせめて人並みにと願う気持ちの裏に子育て不安が広がる状況を産み出している。<br />
 不安な父親の無力さは私にも他人事ではない。私も長男が不登校当時、精神的に弱いのだと思い込み、追い詰めて傷つけた過ちを犯した。そのころ、「登校拒否を考える集会」に参加し、会場で「自分らしさを失いたくないから学校に行かない」という子どもたちの発言を聴いて目からウロコが落ちる思いで自らの過ちに気づくことができ、長男に心から謝ったことがある。日本の学校は、国連子どもの権利委員会から高度に競争的だと批判された通り、子どもの尊厳を守る場にはなっていない。改正教育基本法のもと、荒廃はさらに進むだろう。不登校は子どもたちの尊厳をかけた静かなる闘いだと思う。息子たちから学んだことは多い。</p>
<p>2008年7月1日　Ｆｏｎｔｅ掲載</p>
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