Vol.04 泣きなさい、笑いなさい

 私が中卒で印刷機メーカーの工場労働者になったころ、休前日の最終電車で出かけ、夜どおし歩く「カモシカ山行」というスタイルの登山が流行していた。当時は週休1日制の会社がほとんどであったし、世間も貧乏であったからであろう。

 中学時代から一人で山を歩いていた私はこれに飛びついた。山の峰と峰をつなぐ尾根を稜線というが、ここにたどり着くまでの山道は傾斜が急で、とくに夏は草なども繁っており、暑がりの私には苦手な部分であった。そこを涼しい夜に歩き抜け、稜線に出るころは朝、というのが気に入ったのだ。時間的にも余裕があり、草原で昼寝して、夕方ゆっくり下りてくることもできる。

 問題は夜の闇に対する恐怖心であった。

 私は恐怖に対する感受性が豊かで、早い話が怖がりで、そこを突かれて2歳上の姉に長いこと、こき使われていたのだ。

「お使いに行ってきて」
「やだ、自分で行けばいいじゃん」
「ふーん。怖い話、するよ」
「よせよ、きったねえなあ」
「ホテルの壁に塗りこめられた死体が……」
「わかったよ、行くから」

 これのくり返しであった。

 女というのは、ずるくて卑怯で残酷なものだと思ったが誰かに訴えるわけにもいかない、大笑いされるだけだから。

 しかし、私も心霊現象など作り話だということで自分を説得し、一人で出かけたのである。15歳の夏であった。

 夜中の1時ごろ、駅から勇んで歩き出した。集落を抜け30分ほど行くと、以前、昼間に歩いたときは見落としていたが、うっそうとした杉木立に囲まれて神社があった。裸電球がひとつポツリと灯っている。

 嫉妬深い女が、ねたましい者を呪い殺すという「丑の刻参り」を思い出し、足がすくんだ。白装束に鉢巻きをした女が藁人形を五寸釘で木に打ちとめているようすがありありと浮かんだ。さらに、その女がこちらを振り向いて「見たな~」と言うイメージが追い討ちをかける。怖いなんてものではない、呆然として動けない。

 どのくらいの時間フリーズしていたかは定かではないが体がブルっと震えて正気に戻り、急いでそこを立ち去った。

 その後も突然の風に身を縮めたり、茂みがガサッと動くと飛び上がったり、ギャーッという闇夜の鳥の鳴き声が人の悲鳴に聞こえ、行く手にある山小屋には死体が転がっているんじゃないかと怯えたりしながら歩き続け、もう二度とやらないぞこんなことはと思っていた。泣き顔になっていたかもしれない。

 朝の光に包まれたときの安堵感・幸福感は忘れられない。笑い顔になっていたかもしれない。

 これを何度かくり返すうちに心霊現象的なものへの恐怖感は、かなり薄れた。

 全世界の女どもに、こう宣言したかった。

「俺はもう、怖い話でお使いに行ったりしないからな!」

※2005年3月15日 Fonte掲載