コラム

小西剛史「隣る人」

■ 第1回 小西剛史「隣る人」

 埼玉県にある児童養護施設で子どもたちとの生活を始めてあっというあいだに8年が過ぎようとしています。これまでの子どもたちとの関わりのなかで、まるで日々意図して何か強大な力に試されているような感覚のなか、目の前には小さな子どもたちがいる現実とのギャップ。自信過剰になったり自己嫌悪に陥ったり、なんとまあ感情の起伏を激しくしてくれるところだろうと、エキサイティングな人生を送らせていただいていることに感謝し、その感情をコントロールすることの難しさと大切さを大好きなビールとともに日々感じている毎日です。

■ 第2回 小西剛史「隣る人」

「いじめ」というと、多くの場合、子どもたちの学校生活などでのことを指すと思いますが、大人社会でもけっして少なくないと思います。ただ子どものいじめと大人のそれとの大きなちがいは、大人には逃げ場があることが多いということだと思います。近年人間関係の不適応で職場を転々とする若者が増えていると聞きます。状況にもよるでしょうが、大人はいじめならずとも居心地が悪ければほかへ移ることが可能ですが、子どもは学校でいじめを受けた際、自分だけの力でほかへ移ることが不可能なことを感じてがまんしながらあきらめることしかできないのだと思います。

■ 第3回 小西剛史「隣る人」

 近年、多くの子どもたちが虐待により施設に入所してきます。子どもの数そのものは減っているのに被虐待児が増えている理由はいくつかありますが、多くのケースを見ていて感じることは(親などが)追い詰められた状況のときに心の支えになる人がいなかったということです。前号で述べた『大人には逃げ場がある』というのは社会的なことであって、親子関係には極端に言ってしまえば永遠に逃げ場がないと思います。

■ 第4回 小西剛史「隣る人」

 わたしはお金をもらって子どもたちの養育をしています。要するにプロなわけです。プロと言うからには完璧が求められますし、失敗は許されません。しかし完璧な子育てとはどのようなものなのだろうか、また何が子育てにおける失敗なのだろうかといつも考えさせられます。
 さまざまな研修を受けたり、日常のなかで感じる施設職員の陥りやすい課題として“よい子、できる子、すなおな子”を育てようとしすぎる傾向があります。結果的にそれは許容範囲の狭い対応になり、子どもの自発的行動を失わせ、大げさに言えば自立を妨げることにつながるとさえ感じます。私が考える自立とは、自分の意思で人生を切り開き、そこで直面する困難に耐えうる精神力を持つことです。

■ 第5回 小西剛史「隣る人」

 高校受験を迎えた2人の中学生。前期試験の結果は残念ながら2人とも不合格でした。それぞれ小1と小3のときに光の子どもの家に来た2人は、登校中にランドセルを投げ捨ててしまったり、高学年とケンカをして道路にしゃがみ込んでしまったりということをくり返し、ほぼ毎日、登下校に職員が付き添うような状況でした。

■ 第6回 小西剛史「隣る人」

 前号で前期試験不合格だった二人の中学生の結果をお伝えしなければならないでしょう。結果的には後期試験も不合格でした。今年からかなりシステムが変わったということもあり、レベルを落としても油断のできる状況ではありませんでした。そのため最後の砦ということで後期の合格発表前から私立高校への進学も視野にいれて手続きを進めてきました。

■ 第7回 小西剛史「隣る人」

 春休みになり、ヒマを持てあましている中1の太郎(仮名)と小6の次郎(仮名)にゴルフの打ちっ放しへ連れて行く約束をしました。
 自分の休みの日の午後に出かけることにしたのですが、その日の昼ごろ、家のほうからなにやら騒がしい物音が聞こえてきました。「誰か男の人来て~」という女性職員の声を聞き家に駆けつけると、太郎と次郎がつかみ合いのケンカをしており女性保育士が必死にそれを止めようとしていました。

■ 第8回 小西剛史「隣る人」

 2003年9月。私が光の子どもの家に来て1年半が過ぎようとしていたとき、和輝という11歳の少年が交通事故で亡くなりました。山登りに海水浴に、楽しい思い出をたくさんつくった夏休みが終わり二学期が始まってすぐの出来事でした。夕方、いつものように学校から戻った和輝は「帰ってからやるから」と言い、宿題もやらずに自転車にまたがり友人宅へ遊びに出かけました。事故はそれからすぐのことでした。

■ 第9回 小西剛史「隣る人」

 外に出ると、ずいぶん長い時間が経ったような気がしました。あまりにもきれいな晩夏の星空と当たり前のように遠くから聞こえてくる車の音、気狂いしそうな自分とのギャップに不謹慎感さえ感じました。2年間やめていた煙草に火をつけても、感情の波を落ち着けることはできませんでした。検死が終わり院内に戻ると「腎破裂によるもの」と死因を告げられました。『内臓は大丈夫でしょう』と言い続けてCTも撮らなかった内科医に詰め寄っても「申し訳ありません」の一点張り。病院に対しては、のちに訴訟を起こすことも検討しましたが弁護士などに相談した結果、最終的に取りやめることにしました。

■ 最終回 小西剛史「隣る人」

 今回で最後になります。言いたいことだけ言わせていただいたような感じでしたが、光の子どもの家のようすを少しでも感じとっていただけたなら幸いです。
 こちらに書かせていただくことになったとき、正直、何を書けばいいのだろうかと悩みました。子どもとの関わりをダラダラ書いてもおもしろくないだろうし、一般的な養育論を書いたらもっとおもしろくないだろうしと。ただ書かせていただくにつれ、内容はどうあれ日本の全児童数の0・2%以下である親と離れて児童養護施設で暮らさなければならない子どもたちのことを、少しでも知っていただければそれでいいかなという感じになりました。