コラム

石原淳「男とことこ」

■ 第1回「男とことこ」 石原淳

「女・子ども」は口出しするな、とか、引っ込んでいろ、という言いまわしがある。
 何かあったときには強い男が弱い「女・子ども」を助けてやるのだからごちゃごちゃ言わずに任せておけばいいんだ、という意味合いらしいが、その実、男は偉いんだと言いたいだけのことだと見破られている。

■ 第2回「男とことこ」 石原淳

「男・彗星、女・太陽」説というのがある(私の説だが)。
彗星は太陽のまわりを楕円形の軌道を描いてまわっている星で、太陽にもっとも近づくところを近日点、遠くなるところを遠日点という。
男・彗星は遠日点あたりの暗闇から、ふと、女・太陽を見つけるとあの輝かしいものは何だろう、行けば幸福が待っていそうだと、どうしても惹きつけられ近づきたくなる。恋はなんとかの状態で突き進む。途中からは太陽風の影響で尾までできて、どうだい、おれ様のこのカッコよさを見てくれ、などと自分に酔っていたりもする。

■ 第3回「男とことこ」 石原淳

 私の青春時代は暗かった。もてなかったからだ。それもオニのように。
 幼少のころ、相撲に興味をもち力士に憧れたのがそもそものまちがいだった。

■ 第4回「男とことこ」 石原淳

 私が中卒で印刷機メーカーの工場労働者になったころ、休前日の最終電車で出かけ、夜どおし歩く「カモシカ山行」というスタイルの登山が流行していた。当時は週休1日制の会社がほとんどであったし、世間も貧乏であったからであろう。

■ 第5回「男とことこ」 石原淳

 子どものころ、母親からマンガを読むことを禁止されていた。
 母親の言では、私は今でいうレゴブロックのようなものを与えておけばいつまでも一人遊びに興じていて、育てやすい子だったようだ。そんな親孝行な息子に対してなんという仕打ちであろうか、言語道断である。

■ 第6回「男とことこ」 石原淳

 中3の夏、私は進学拒否を宣言した。
 いろいろな要素があったと思うが、大きなものとして挙げられるのは次の3つである。

■ 第7回「男とことこ」 石原淳

「貴方のことが好きなの、おつき合いしてください」
「うれしいけど、俺と君じゃ立場がちがいすぎるんじゃないかなあ」
「おたがいに好きなら、問題はないでしょう」
「でも、君は忙しいだろうし、マスコミも騒ぐだろうし」
「じゃ、ときどき会いに来るぐらいならいい?」
「もちろん。何もおもてなしはできないけど、歓迎するよ」
 
 就職した工場で私を待っていたのは印刷機の部品をつくる仕事で、基本的には流れ作業であった。

■ 第8回「男とことこ」 石原淳

 チャンスやピンチに会ったら伝えてほしい、もう少しわかりやすいかたちで来てもらいたかったと。
 友人からベンチャーズのコピーバンドをやらないかという話を持ちかけられて迷ったのは15歳のときだった。音楽は好きだしモテるきっかけにもなるような気はしたが、いかんせん外見に問題があった。

■ 第9回「男とことこ」 石原淳

 かつて、つかの間ではあったが爆発的にモテたことがあり、そのときの私がどうなったかを書く予定であったが編集部からほかの話題をとクギをさされてしまったので、残念ながら話を代えることにした。
 実は痴漢にまちがえられたことがある。念を押すが、まちがいである。

■ 最終回「男とことこ」 石原淳

 男女差別はある意味で不思議な現象である。
 矮小な染色体を持ち、それにふさわしく単純でバカな男どもに差別されるような存在に、なぜ人間として偉大で、欲が…じゃない、奥が深い女たちがなってしまったのか。